2017年11月23日

カルボレンといいます! 〜その648〜

休みの日というのは得意ではありません。何をしたらいいのか、わからなくなってしまいますからね。休みの日だからなにもしなくていいんだよ。なんていわれても、困ってしまいます。本当になにもせずに寝ていてもいいのでしょうか。何もしないということは布団で寝ることさえも許されないのでしょうか。なにもするな。というのは難しいと改めて思いました。
好きなことをすればいいという人もいますが、好きなこととはいったいなんでしょうか。好きなことがない人はどうすればいいのでしょうか。それは自分で決めるしかなく、わからないのです。自分が好きなこととはいったいなんだったんだろう。急に渡された時間のなかに、なにができるのかということを考えると、それだけで時間が過ぎていくことでしょう。それがもったいないという人もいますが、わたしはそんな考える時間でもいいと思えてしまいます。それほどすることがないのですから。
考えれば考えるほど、休みというのはつまらないものになるのかもしれません。だったら何も考えずにふと思ったことをすればいい。そうなるのではないでしょうか。そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 18:05| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月22日

カルボレンといいます! 〜その647〜

冒険というものはしたいものです。それだけで楽しくてたまらないのです。自分の見たことも聞いたこともない、想像さえもしたことがないものがまだ存在する限り、人は冒険をし続けることができるのでしょう。わたしは冒険をしつづけたいのです。その先になにがあるのかはわかりませんが、それを知るために、人は冒険するのです。
しかし、閉じこもっている空間のなかでは、冒険をしたくても、なにが冒険なのか。どんな冒険をすればいいのかわからないのです。冒険は何かきっかけがないことには始まらないのですから。
ではどう冒険を見つけたらいいのでしょうか。それは自分の知らないことに手を伸ばすことが必要なのではないでしょうか。自分の知らないことを求めていく積極性がなければいけないのでしょう。それは恐怖を感じることもあるでしょう。しかし冒険と恐怖というのは常に一緒に存在しているのです。
危険ではない、何も得ることのない冒険は冒険とは言い難く、そんなことで誇っている人もいます。そんな人を笑って流しながら、自分の冒険をすることにしましょうか。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年11月21日

カルボレンといいます! 〜その646〜

髪の毛は放っておくと伸びていきます。それはたいていの人が思っていることで、いつの間にか伸びなくなっていた髪の毛に気がついて焦っても遅いのです。髪が伸びているうちはうっとうしいと思っていたのに、それが貴重な存在になる。それは、伸びているうちに気がつくことができないことなのでしょう。そういうものはたくさんあります。
身近にあって気がつかないことはたくさんありますが、身近になくて困ることもたくさんあります。これを無くしたらどうなるのだろう。ということを考えると面白いのかもしれません。
たとえば目が見えなかったらどうなるのでしょうか。そんな疑似体験をしておくと、目を酷使しなくなるのかもしれません。目を閉じて、なにもない空間で、ふらふらと歩いてみると、不安でいっぱいになるのです。その不安を覚えておくといいのかもしれませんね。きっとその不安が大切に思う気持を生むのではないでしょうか。
常にあるものなんてないのです。それがなくなってしまったときにどうすればいいのか。戸惑わないように考え続けようと思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2017年11月20日

カルボレンといいます! 〜その645〜

色々考えて行動した結果、思わぬ事態を引き起こすことがあります。そんなときは嫌だと思いますか。良かったと思いますか。それは人によることでしょうがたいていの人は嫌だと思うことでしょう。なんのために考えたのか。と思ってしまうかもしれません。
しかし、考えたことによって起こった事象であるのならば、それだけどうしてその行動をしたのか冷静に分析することができ、自分の過去の姿を省みることができるのでしょう。それは大きな得となるはずです。二度と同じ過ちを繰り返して、嫌な思いをしないように努力をするための、ひとつの方法になることでしょう。
自分がどんな行動をしたのか。ということを知っておくことは大切なことです。たとえどんな結果になったにせよ、自分の行動がどのような影響を及ぼすかを知る指針となってくれる過去の自分の行動は、自分自身の人格を構成するうえで、大切なこととなるはずなのです。
そう考えると、わたしの性格がひねくれているのは、それだけ過去にひねくれるような体験をしてきたということでしょう。性格は後天的であり、いつでも改善することができると信じているのですから。
そんなことを思い、どう改善しようか考えている、そんなカルボレンでした(´っ・ω・)っ

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2017年11月19日

カルボレンといいます! 〜その644〜

思い通りにいかないといらいらするものですね。それはしかたがありません。悔しいのですから。
人は悔しいときはいらいらしたほうがいいのです。そのほうが人間らしいのですから。
人間らしくあるのは簡単です。感情を表にだせばいいのですから。感情を表に出すということは人に許されたことなのです。だったら思いっきり人間らしい行動を、感情をぶちまけようじゃありませんか。
怒ったり笑ったり泣いたりできるのは今のうちなのです。そのうち感情を表に出せなくなるときまで、精一杯感情表現をして、人間らしい生き方をしたいと思うのです。人は人であるかぎり、人でいられるのですから。
皆さんは自分のことを人間だと思っていますか。それとも人間とは思っていませんか。
どちらでも構いませんが、自分に与えられたものを大切にして、つかっていくことをやめなければ、きっと満足することができるでしょう。満足するために生きることをやめなければ、ようやく人間らしいといえるのではないでしょうか。
人間らしく生きることを願ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 17:58| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする