2017年09月21日

カルボレンといいます! 〜その584〜

何でも貯めることができたらいいなと思ってしまいます。貯めるためには保管場所が必要になるわけですが。今、私が一番貯め込みたいのは知識で、二番目は睡眠になります。ただひたすら知識を求めるために、睡眠時間を有効につかいたい。調子がいいときにまとめて行いたいというのに眠気がそれを許さないのです。何でもかんでも貯め込むことができたらいいなと思うのはそんなわけです。不要なものばかりを貯め込んで、必要なものを貯めることができないことがよくあります。そして、そんな無駄を省いたとしても必要なものが得られるというわけではなく、ただ身軽になるというだけのことなのでしょう。それでは面白くありませんね。出来る限り必要なものだけを集めたいと思うものです。
睡眠は諦めるとしても知識を蓄えることは簡単です。覚えたい知識を頭の中に入れていくだけでいいのですから。どんな知識を得たいのか。それを整理することで必要なだけ、好きなだけ得ることができる。そうして貯め込んだものを私は何に使うのでしょうか。そんなことを考えるカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年09月20日

カルボレンといいます! 〜その583〜

知りたいことの探求を続けていると満足感を得ることができるのです。その満足を得るために他のものすべてを捨てることはできますか。たとえ捨てたとしても、そのことを極めることはできないかもしれない。他の人とたいして変わらないレベルしか知ることができないかもしれない。それでもすべてを捨てるという選択肢を持つことができるのが人間なのです。なにか一つに特化することができるのも、すべて均等に得ることができるのもどちらも人間なのでしょう。探求はそのための行動の一つでしかないのでしょうから。
私は私の満足が行くほうを選びたいのです。そう考えると何か一つを得ることがいいと思ったのです。自分が知りたいことはいったい何なのか。それを求めて何を得ることができるのか。そう考えただけでも幸せになることでしょう。一つひとつ今まで培ったものを捨て、その代わりに一つのことを探求する。その結果として自分自身がどんな人間になるのか、そんなことに興味があるカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年09月19日

カルボレンといいます! 〜その582〜

人にとって夢中になれるというのはいいことです。しかし、夢中になりすぎて周りが見えなくなってしまってはいけません。夢中になりながらも、それなりに周りの様子を窺わなければならないのかもしれません。そうしないと取り返しのつかないことをしてしまうかもしれません。
人との関係という点ではよくあることで、夢中になっているときにどんな行動をしたのか覚えていないことがあります。話しかけたりしてくれた相手に対してどんな態度をしたのか覚えていないことがあり、そんなときに失礼なことをしたとしても覚えていない。だとすると夢中になるということをやめるしかないのでしょう。あまりにも夢中になりすぎるとロクなことにはならないのかもしれません。普通に話していてもロクなことを話さない人はたくさんいますけどね。
人が一人になれることは少ないですが、一人で確実に居ることができる空間では夢中になりたいものです。公共のスペースでは周りに気を遣いながら、人といるときはその人に意識を集中しないといけないな。と、そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年09月18日

カルボレンといいます! 〜その581〜

時間が欲しくてたまらないときがあります。待っていて欲しいことがあります。どうして時間が進むのか考えたくないことがあります。だからといって問題はないのです。時間がないのなら作ればいいのです。なんとか作り出すのです。時間は作ろうとすれば作り出せるのです。
しかし、作ることのできる時間には限界があります。一日が24時間というのは変わらないのです。時間が欲しい場合、他の何かを犠牲にして、それだけの時間を確保する。ということが必要になるのでしょう。足りない時間は作るしかない。そう思うのです。
時間は限られている。それはゆるぎないことなのです。その時間をどう使ってくのか。しっかりと考えておかないといけません。そうしないと、どんどんと時間はなくなっていくことでしょう。時間が欲しくてたまらない。そんなふうに考え始めたときには、もうすでに時間はなくなっているのかもしれません。それを考え始める前に、時間をどのように使うのか。考えたほうが得なのだと思う、そんなカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年09月17日

カルボレンといいます! 〜その580〜

普段、見慣れている晴れの天気と違って雨の日というのはなんとなく見ていて飽きないような気がします。ぽつりぽつりと落ちていく雨粒を目で追っていると、なんとなく暇を潰せるような気がします。普段と違うものは見ていて飽きないものです。それが見慣れてしまうまで飽きることはないのです。人はどんなものでも見慣れていってしまう。久しぶりに晴れ間が見えたときに太陽のありがたさを感じるように。久しぶりの雨に喜んだり、人は久しぶりというのが好きなのかもしれません。
数日、数週、数カ月、忘れていくほどに愛おしくなるものがあったりもする。毎日、出会っていて嫌っていたものも、期間をあけると許してしまうことも様々なことが起こり得るのが時間というものなのです。当然が当然でなくなる瞬間、当然でないものが当然になる瞬間。その期間や一瞬を楽しみましょう。そうすると、楽しい、飽きない人生を送ることができるのではないでしょうか。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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