2016年02月29日

カルボレンといいます! 〜その31〜

考える力というのは使わなければ使わないほどに衰えていきます。常に新しいものを追い続け、そのことについて考えたとしたら、古いものや興味のないものから順番に消去されていってしまう。それが大切なものであって、忘れたくないのならば何度も繰り返し思い出して、考え直すことによって考えてあげることが必要になるのです。そうして得ることが出来るのは自分にとって必要なものに対しての考える力。人はそうして自分の欲しいと思う能力に特化していき、考える必要がないほどに慣れていくのです。そこで考えなくなってしまったら人は成長をせず、それどころか昔のほうが良かったというように悔やむことになるのでしょう。それが嫌だからこそ、人は自分自身の考えを見つめ直すきっかけを探しているのでしょう。簡単に変わってしまうからこそ、変わらない根本を見直すことで得られるものがあると思うのです。
今、自分が大切にしていて、絶対に変わらないと思っているものがあったとして、それが変わらないという根拠もなく、そう思っているのだとするのならば、その変化を考えた上でその大切なものを愛でてあげる必要があるのかもしれませんね。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2016年02月28日

カルボレンといいます! 〜その30〜

人は最高のものを追い求めていて、最高のものを使うことで楽しむことが出来る。つまり自分の持っているものが最高の物であると思っているうちは人は人生を楽しむことが出来るのかもしれません。人はより上の存在を知るまでは手元にあるもの、手元にある方法が最高であると思っているものです。
だからこそ、人は周りを見渡して新しい発見がない限り、いつまでも最高の環境の中で暮らしていくことが出来るのかもしれませんね。自分が満足出来ていればそれはそれでいいのかもしれません。
しかし、その暮らしの中に他人が介入してくることで得られる情報によって、人はより良いものを手に入れてしまう。暮らしていくことによって人は自分の考えを改めて、より良いものを探すことになるのでしょう。
そうしてだんだんとより良くなっていくものを見ていくことによって最高のものとはいったい何なのか。ということを考えるようになり、最高のものを求めたところで、上にはどこまでも上があるのだと察するようになったとき、人はほどほどのものでいいと妥協するのかもしれませんね。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2016年02月27日

カルボレンといいます! 〜その29〜

身体を動かしたくなる日もたまにはあります。一日中、家の中で閉じこもってパソコンを操作し続けている人も、たまには外に出て何かをしてみようと思うものですね。散歩でも走っても、そして頑張って身体を動かし過ぎて、次の日に筋肉痛になる人もいるのではないでしょうか。滅多に外に出ない人が外に出るとそれだけで筋肉痛になりますからね。
家の中で缶詰になっていると人の気分は滅入るものです。つまり精神攻撃を受けている状態なのかもしれません。そして外に出ると物理攻撃を受ける。つまり人は常に攻撃を受け続けていると言っても過言ではないのかもしれません。だとしたら人は選択するのです。精神的に攻撃を受けるか、物理的に攻撃を受けるか。どちらも積み重なっていけばダメージは小さくなっていくのかもしれません。それは人には適応する能力があるからなのでしょう。外に出始めたら中に戻りたくなくなってしまう。家に引きこもり始めたら外に出たくなくなってしまう。そんなものでしょうからほどほどに両方を行き来するくらいがいいのかもしれませんね。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2016年02月26日

カルボレンといいます! 〜その28〜

時間は長くあって欲しいときに早く過ぎ、短くあって欲しいときにゆっくりと進むものなのでしょう。時間は何よりも思い通りになってくれないものなのかもしれませんね。時間をうまく操ることが出来る人はいませんが時間の流れに乗ることだけでも出来たら、きっと何もかもがうまくいく。そんな気がしてならないのです。
時間は何が起こっても流れていく。自分自身の身に何が起こったとしても時間は我関せずで進み続ける。だからこそすべての基準になることの出来るものなのでしょう。万物に共通し、通常では例外のないもの。自分を貫き続けているものの一つとして時間は存在しているのでしょう。その時間に流されることと乗ることはまったく異なり、ただただ流されては、あっという間に人生は終わってしまうことでしょう。うまく乗る方法を考えなければいけないのかもしれませんね。
それが自分の思った通りの時間の使い方をするためにはどうすればいいのか。ということを考えるということであるのならば色んなことを考えることが出来ますね。自分に合った考えを考えてみようとそんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2016年02月25日

カルボレンといいます! 〜その27〜

ただひたすら川のほとりにたたずんで、せせらぎを聞きながら考えごとをするのが好きな人間なのですが、まだ少し寒いようですね。朝早くに川へと続く道を歩いているとひゅーひゅーと頬をかすめていく風に刺激を受けて頭が冴えていく。そして川に着いた頃には目が覚めて、決めかねていた事柄も答えが出せるような、そんな気がするのです。
人には刺激が必要なのかもしれません。川のせせらぎも風の冷たさも受ければ何かを思うのですから。人の五感をすべて活用することによって第六感的な力を活用することが出来るのでしょう。自分が今、どんな刺激を受けているのか。ということを考えて、その刺激から何を受け取ることが出来たのか。ということが分かれば、その感覚をそのまま自分の感覚として取り込み、いつでも活用することが出来るというのであれば、きっと役に立つことでしょう。五感のうちのどれかを極めて、どれかを捨てたならそれを補うために特殊な感覚が芽生えることもあるようで、やはり人は感覚を研ぎ澄ますことで感覚を得ることが出来るのかもしれませんね。そんなことを思うカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2016年02月24日

カルボレンといいます! 〜その26〜

少し遠くに旅をしてみたいものです。そう思って電車に乗り続けていき終点まで行くと何もない場所にぽつんとある駅に辿り着く。だいぶ遠くに来たものだと思いながらふと思う。どうやって帰ろうか。もう日は暮れていて帰るにも帰れないし、泊まって朝を待とうにも周りに泊まる場所がない。仕方がないので朝になるまで駅でぼーっとしていようと思っても寒くて仕方がない季節。しょうがないので友達に来てもらってなんとか帰る。なんていう放浪癖のある私ですが、旅をするならばきちんと帰る算段まで考えないといけませんね。
何も考えないで旅をして、思うがままに動き回るということが好きな私にとって計画を立てるということは苦手なのです。しかし、それでは旅になにか不都合があったとき苦労します。ある程度の計画を立てて、その後に臨機応変に旅を変化させることがいいのかもしれませんね。まあ、結局は計画を立ててもすべてを無視するのが私なのですけどね。
でもおすすめはきちんと計画を立てたほうがいいと思います。そのほうが安心できますからね。安心な旅を送る為に準備を怠らないようにしてみてはいかがでしょうか。カルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2016年02月23日

カルボレンといいます! 〜その25〜

動いていないとダメな人間っていますよね。常に動き続けて何かすることがないかを探している。何もしていない時間がたまらなく嫌だ。そんな人です。
でも人には何もしない時間というものも必要だと思うのです。その時間にのんびりと忙しかったときのことを振り返り今後に活かす糧にする。そうすることで毎日をより良く過ごすことができるのかもしれませんね。まあ、私には出来ませんけど。
自分がしたいことを探して、自分のやりたいように行動すること。それが私の考えであり、どこまでも自分のしたいことをする為に生きているわけで、その為にどうすればいいのか。ということを目の前にある課題を見ながら考えて暮らしているだけなのです。そんな考えをしながら生きている人は言わないだけで結構多いのではないでしょうか。人は人が思っている以上に自分の思い通りにならないことを嫌い、どうすれば自分の思い通りの世界になるのかを考えているのです。
人は何もしていないように見えて実際は何かをしていることが多い。本当に何もしていない時間を過ごしている人なんていないのかもしれません。それでも何もしていないという人には何か裏があるのではないか。なんてことを思ってしまう、そんなカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2016年02月22日

カルボレンといいます! 〜その24〜

やっぱり激しく動いているとお腹がすいて、つい食べ過ぎてしまいますね。そこで抑えることが出来る人がきっと健康的に過ごすことが出来るのだと思いますが、自分の身に災が降りかからない限り、痛い目をみない限りは人は自重をしないのでしょうね。人は失敗をして、もしくは失敗を見ることで抑えることが出来るのだと思います。どんなに怖いものであったとしても、知識が無ければ近づいて、ケガをしてからこれは危険だということを認識し、もう近づかないようにしようと考えるわけであり、リスクを避けるように自分を抑えることが出来る様になるのでしょう。つまりきっと良くないと思ってもついやってしまう行動に対して、何か危険であるということを自分自身に刷り込むことによって、その行動をしないように自分を洗脳することによってリスクを減らすことも可能なのではないでしょうか。
実際に起こっていないことであったとしても人は実際にあったかのように思いこむことが出来るのですから。危険だと思いこんで自重する。それも一つの考えとして持っておくといいかもしれませんね。保守的で、新しいものを寄せ付けない考え方ですけどね。カルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2016年02月21日

カルボレンといいます! 〜その23〜

過去に戻れるとしたらどの時代に戻りたいですか?という質問をされたら戻りたくないと答えたくなってしまいます。どの時代も今よりいいとは思えないような、そんなことばかりですからね。どうせだった未来に行きたいと、過去に戻れる機会をなくすことでしょう。過去にいっても今の自分が変わることはどうせないのでしょうから。興味がある事象があって、それが本当に正しいかどうかを確かめる為に過去に戻るというのが過去に戻る理由なのでしょうが、その事実が自分の求める事実ではなく、知らなければ良かったとがっかりし、元の時代に戻れなくなった、そんな自分が過去にいるのかもしれません。そう考えると過去に戻ろうとは思えないのですよ。
そして未来に行くというのは、何もしなくても勝手に未来が訪れるのですから、それも面白く無い気がします。本が発売日の前に売っているのと同じような感覚でしょうかね。だったら未来を想像していたほうがずっと楽しいのです。100年後の世界は。10年後の世界は。1年後の世界は……10分後の世界は。
そうしてその誤差を見つめながら軌道修正していくことで100年後の世界が近づくにつれ、だんだんと具体的、かつ現実的になっていく未来を感じていくことが未来に行くことではないかと思うのです。そんなカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2016年02月20日

カルボレンといいます! 〜その22〜

自分の好きなことを続ける為には時間とお金が必要ですが、時間をかけないとお金が稼げず、時間はお金で変えません。だからこそ人はずっと好きなことをし続けることは難しいのかもしれませんが、お金を稼ぐことが生きがいと言っている人間がいたとしたら、それは好きなことを続けることが出来る。ということは好きなことがより現実的なことであれば、いつまでも好きなことを続けることが出来るのかもしれませんね。
今、自分がしていることを好きなことに変えてやり続ける。これは嫌な作業をするときに用いる手段の一つなのかもしれません。人は嫌なことも進んでやらなければいけないときがある。そんなときは好きになってしまえばいい。と考えるのですが、そんな簡単に好きになれるようなものを嫌いになることなんてありませんからね。それでも人とはすごいもので、嫌いなものも毎日のように楽しいと思いながら行動していると好きになっていたり、いい部分を見つけたりするのです。そんな人の不思議を充分に堪能しながら毎日を生きる。そんな今日のカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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