2016年11月30日

カルボレンといいます! 〜その296〜

知識を蓄えるというのはいいことですね。使わないことであっても知っていて損はないのですよ。話のネタになるのですから。話のネタというのは必要です。日常会話で話題というものは必要になり、共通の話題であればあるほど盛り上がるのです。だからこそ色んな話題を持っているということは、それだけ色んな人と話を合わせることができるということになるのでしょう。たくさんの友達がいる人は万に通じているのかもしれません。結局、それだけでは知り合いというのは増えないのですが、一つの要因として存在するはずです。
ぜひいろんなことを知ってみてください。そして知っていることを知っている人と話して楽しんでください。きっと楽しいことでしょう。そして思うのです。もっといろんな人と話したいと。
そうなると話題を探り始め、話題を吸収するすべを得るのでしょう。人にとって大きな原動力となってくれることでしょう。そしてさらに世界を広げていく。そうしてよい進展を続けていけることが私は欲しているのかもしれませんね。
いろんな人の知識を知って、もっと世界を見てみたいと思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2016年11月29日

カルボレンといいます! 〜その295〜

パズルを解くように毎日が続いたらいいですね。パズルは人の興味を惹きます。
ジグソーパズルを見ると、なんとなくそのバラバラの絵柄から何が出てくるのか楽しみえすね。そして組み立てていき、だんだんと現れる絵柄に感動する。そうした事柄はパズルを解くと感じられることなのかもしれません。きっとそんなことが好きなら、日常はパズルのように毎日を紐解いていくことによって楽しむことができるのでしょう。人の感情やら、自然の環境やらで変化していく複雑なパズルであり、複数の回答があるのが、この世界なのです。自分が一番きれいだと思う形にしていくために解くパズル。楽しそうではないですか?
私にとってパズルは日常生活の一部になってきているのかもしれません。複雑な構造をどう紐解くのかを考える。そんなことを考えずに普通にやっている人もいるのかもしれません。
この人はこうだからこう。あの人はこうすればこうなる。ということを知るとこの世界はどんどんとパズル化するのかもしれません。こうすればこうなる。ということをピースに、この世界を楽しんで見てください。
そんなことを思うカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2016年11月28日

カルボレンといいます! 〜その294〜

人は茶番が好きですね。どんなことでも単純にではなく、何か一工夫して送ろうとするのかもしれません。それだけ茶番を入れたくなるような思い入れがあり、やらずにはいられない何かがあるのでしょう。いったい、何があるのでしょうかね。その先にはいったい何があるのでしょうかね。そんなことを考える日々が続いているのです。茶番は考えているときが一番楽しくて、実際にやることによって発散されるものなのだと思っています。
人は色んなものを発散するために様々な茶番を用意します。そこに他人の反応が加わることによって、より効果が増えることが期待でき、人生を楽しむ為に茶番を盛り込むというのがいいのでしょう。たまには単純にバカバカしいことをして発散しないと人は破裂するのでしょうから。
人によってはバカバカしいと一蹴する人もいるのかもしれません。しかし、そんな人はバカバカしいことをしているその人のことが実は羨ましいと思っているのかもしれません。そんな人に見せびらかすようなことをしてはいけませんね。一緒に楽しめる人と一緒に茶番をしましょう。そんなことを思うカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2016年11月27日

カルボレンといいます! 〜その293〜

自分は憧れるものに変化していくのは擬態なのでしょうか。人は自分が憧れるものを目指して努力し、そして変化していくことで成長していきます。その成長がどんなものであれ、結果、どんなものになったにしてもきっと擬態した結果なのかもしれません。人でさえもきっと擬態するのです。この世界で行動する為に。
この世界で生きていくうえで、人にとって天敵とはなんでしょうか。それはやはり人自身なのでしょう。人が人のことを拒み、そしてうまく対応する方法を考えるのでしょう。その結果としてうまくいっている人を参考にして、どうやって今後は行動していこうか。ということを考える結果、自分の憧れているものに擬態し、自分がそれらと同じ存在なのだと安心したり、うまく立ち回ることができるのでしょう。虫が擬態して、自分の身を守るように、人も自分の身を守る為に擬態をするということなのでしょうからね。
だというのに同じことをしているものを人は嫌うのです。虫にせよ、人にせよ。擬態をしなければならないほど弱い存在だというのにお互いに支え合わないときだってあるのです。そんなことを見ているとがっかりしてしまいますね。
そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2016年11月26日

カルボレンといいます! 〜その292〜

最近、同じようなことを言っているような気がするカルボレンです。まぁそれだけそのことを強く思っているということなのかもしれません。人は自分の意識していることをより表に出したがるものですから。
こんな私でも思っていることが前に出てくるので、文章を書くとそのときに思っていることがそのまま表れるのです。自分の思い、思想が形として現れる。そんなことを思うのです。文字を組み立てるというのは楽しいものですね。自分の頭の中を自分の手で可視化することができるのですから。
人は目に見えないものを見えるようにすることができるのです。実際に目に見えないものというのは何か。ということは分かりにくいですが、人の感情やら気持ちというのも見えるように出来ると信じています。
しかしまぁ、目に見えていないものまで見えてしまったら、この世界はかなり煩雑になっているのでしょう。情報が砂嵐のように飛び交い、目の前が真っ暗になるような感じになるのでしょうか。そう考えると見えていないものが見えるより、見えているものが本当にその形なのか。ということを確かめたいと思った、そんなカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2016年11月25日

カルボレンといいます! 〜その291〜

寒いですね。寒すぎてなんだか感覚がなくなっていくような気がします。そんな感覚になったのはいつ以来でしょうか。寒くて歯が鳴るのを聞いたのはいつぶりでしょうか。去年のことなんて忘れてしまっている私がいくら考えても分からないことではありますが、とても興味深い話です。果たして去年の私は同じことを感じ、そして思っていたのか。そんなことを知る方法は推測するしか方法がないのですから。
私はこんなに寒さに弱かったのでしょうか。毎年変わっていく季節に対して、少しは順応したと思っていたらこんなものですよ。今年は寒い。ということを毎年のように思っていることからもそれが分かるでしょう。きっと冬は寒いということを忘れてしまっているのでしょうからね。冬は寒いのです。それを忘れてはいけません。
でもそう思っていてもいずれは忘れてしまうことでしょう。寒すぎて手がかじかんでいるというその感覚を。しかし、そんなことがあったなぁ。なんてことを思っていることができるようにこうして文字という形として残そうと思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2016年11月24日

カルボレンといいます! 〜その290〜

なんだか急に寒くなりましたね。天候の気まぐれで、こんな日があるのかもしれません。天気や気候というのはなんとも気まぐれで、毎日、大きく変動していくのですね。それはどんなことであっても言えることかもしれませんが。それでも天気というのは分かりにくいものですね。今日は広い範囲で早い雪が降りました。今日、この日に雪が降るだろうということを予想した人は、いったい何人いたでしょうか。こんなことが起こる気まぐれで困る人がいる。天気でも人でも気まぐれというのは大変だな。と思った今日でした。
私は誰よりも気まぐれの存在ですが、他人の気まぐれを嫌っているのです。そして時には気まぐれを嬉しく思うこともあります。どちらもその時の気分が影響していて、暇なときは気まぐれが欲しいとさえ思ってしまうのです。つまり暇というのが私の求めているものなのかもしれませんね。そうすれば人や天気の気まぐれを許すことができるのかもしれません。他の気まぐれと自分の気まぐれがマイナスの時に出くわしてしまうと大変なことになると思う、そんなカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2016年11月23日

カルボレンといいます! 〜その289〜

身体を使い過ぎるとがたがたになります。それはよく分かっていることですね。その日のうちにやってくる筋肉痛だか、身体を痛めてしまったのか。それは分かりませんけど、疲れたな。と思う状況を超えると人は脳内の止めた方がいいというような警告を無視し始め、最終的にはやり続けることになり、夜に充電が切れた状態で放置されることになるのかもしれません。そんな日があってもいいと思いながら明日のことを考える。あぁ、明日が憂鬱だな。今日を頑張り過ぎると明日が憂鬱になるのかもしれませんね。注意しなければいけません。頑張っている理由があればなんとかなるのかもしれませんけどね。
本来なら体ががたがたになるほどに頑張るというのはナンセンスなのかもしれません。もっと効率よくする方法があったり、今やる必要があることではなかったりと、工夫が出来ることはたくさんあるのです。しかし、それをしないのはきっとそのやるという作業が好きだからなのでしょう。疲れてまでも続けることができる何かがあるのです。それを考えて、疲れた日は振り返りをしてもいいかもしれませんね。そんなことを思うカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2016年11月22日

カルボレンといいます! 〜その288〜

記憶力と体力の衰えを感じ始めているカルボレンです。
単純な動きを覚えようと思っていても覚えることができなかったり、思った通りの動きができなかったりと、ひどい感じになっていますね。体が思った通りに動かないのはいつもの通りなのですけどね。それでも悲しくなるのです。動きもいったん何パターンか覚えたら、最初のほうを忘れていますしね。
それでも覚えて、体を動かさないといけないときがあるのです。人は無意識でも覚えることができるのですから。だからこそ、何回も繰り返して覚えようと思います。時間さえあれば覚えることはできるのでしょう。時間さえあれば。
しかしあまり時間がないので効率的に動きを覚え、体に刷り込む必要があるのです。その為にはパートに細かく分けて練習することが必要なのかもしれません。ただし、なにが一番、あっているのか。なんて分かりませんからね。とりあえずやってみるしかありませんから。
自分なりに覚えやすいであろう方法をやってみて、今晩中に覚えてしまえたらいいなぁ、と心の底から思っているカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2016年11月21日

カルボレンといいます! 〜その287〜

毎日、忙しい日々を送っていると色んなことを忘れていくのでしょうか。何か大切な何かを忘れているような気がするのです。大切なことをメモしておくためのメモ帳もどこかに行ってしまったりして、何をするべきだったのか。ということさえも分からない。そんなとき、思いついたことを実行して、さらにやるべきことを忘れていくのかもしれません。
それだけ私にとって大切なことというのはどうでもいいことなのかもしれません。そもそも大切なことだと思っていたことが大切なことではないのかもしれません。だから忘れるのかもしれませんからね。思い出すことができるのだとするのなら、きっとそれは本当に大切なことで、やらなければならないことかもしれない。そんな考えだからこそ、テキトーな人間だと言われるのかもしれません。ただすべてのことを大切にすることができるほど、脳の容量というのは大きくありませんからね。
何が大切で、何が大切でないか、という判断をする自分自身が迷ってはいけないと思いました。そうしないとパンクしてしまいますからね。そんなカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 19:30| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする