2017年01月31日

カルボレンといいます! 〜その354〜

新しい世界を作る為には、その世界のあらすじが無くてはならないのです。そして、それが細かくあればあるほどに正確に思い通りの世界に、そして荒ければそれを思い通りに動かすこともできなくなっていく。思い通りに行ったとしても、思い通りでなかったとしても、新しい世界は生まれていくのでしょう。
自分が動いても、動いていなくても新しい世界は生まれます。それでも、人は少しでも自分の理想の世界を求めて、努力をし続けることによって新しい世界を手に入れるのです。どんなに不可能だと思うような世界であったとしても、近づけていくことができる。SFの世界であったとしてもいいのです。どうすればそうなるのか。ということを考え続けることによってその世界に近づくことが出来る。
そして、その世界は今までになかった新しい世界になる。同じ世界は存在し、存在しないのかもしれません。自分のしたいことをしている世界と他人がしている世界は違う世界であり、同じ世界。人の思想によって数多に存在する平行世界の一つ一つを見ていきたいと思ってしまったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年01月30日

カルボレンといいます! 〜その353〜

何が起こるか分からない世の中だからこそ、その先にある不安を感じ、それが楽しく思うことでしょう。人は先行きが分からないと不安と共に楽しみを覚えるのです。その楽しみが感じたくて人はひたすら前に進み、そして挑戦することができるのでしょう。人は挑戦することで楽しさを感じることができるのだと思うのです。
どんなことに挑戦するべきなのでしょうか。やはり自分のしたいことでしょう。私は常に自分のしたいことを優先にしている人なので、それはなんとも良いことだと思っています。果たしてその良いが、普通の人の良いなのかどうかはわかりませんが。
人によってはその不安が嫌だから避けたいという人もいることでしょう。すべての人が同じというわけではなく、必ず逆の考え方を持っている人がいるのです。自分の考えていることだけが真実ではなく、真実は無数に存在している。自分自身が真実なのだ。と自信をもって、私は私らしく、挑戦をしていきたいと思うのです。
果たして、その挑戦がどんな結果になるのか分かりません。先はまったく見えないのです。だからこそ、私は楽しいと感じているのかもしれませんね。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年01月29日

カルボレンといいます! 〜その352〜

まとめ買いっていいですね。特に漫画のまとめ買いは本当にいいものです。一気に気になる展開を見ることができるのですからね。完結している作品ならなおさらで、続きが気になって、毎日を陰鬱と過ごすということがなくなるので素晴らしいのだと思います。だから100巻単位とかで買っていくこともありますが、そうなると置き場所が困ってしまうのですよね。本はとても面白いですが、重いし場所を取る。しかし、電子書籍にはない良さがあって、本を買うのが辞められないのです。どうせ売ってもお金にならないのなら、本をばらして、すべてをスキャンし、そのスキャンした情報を電子データとして管理したほうがいいのかもしれません。しかし、失くなってしまうのが怖くてそれも出来ないのです。もういっそのこと、漫画からばらして紙にして、その紙を管理していたほうが場所を取らなくていいような気さえしてしまうのですが、そんなことをすると本に失礼なのかもしれませんね。
部屋中にたくさんの本が詰まれ、その本の中で暮らしている。そんな幸せな毎日を過ごしながら、どうしようか考えているカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年01月28日

カルボレンといいます! 〜その351〜

したいこと、好きなことがあると、やるべきことを後回しにして行動してしまうのが私です。なのでやるべきことよりも先に別のことをしていることが多く、何をするにも余裕を持っていないとダメな人間です。やりたいことをやっているほうがいいものが作れるのですからね。ストレスを溜めない為にも、自分のしたいことをして、自分の好きなことをするのです。それが理想なのですよね。理想を求めてこそ、人は輝くことができる。その理想を追い求めて生きている半分世捨て人になっている私なのです。
好きなことであれば、好きである限り、何時間でも続けることができるのです。一日中、やっていても飽きず、一日がいつの間にか終わっているようなことはありますか?それがたくさんあると困ってしまうのです。毎日があっという間に終わってしまい、毎日毎日が愛おしく感じるのでしょう。その失っていく時間を有効に使う為にも好きな優先順位を決め、やりたいことを出来る環境を整えようと思ったのです。そんな生き方をしている、自分にとって大切なことはなんなのかを考えているカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年01月27日

カルボレンといいます! 〜その349〜 再投稿

目が見えなくなってくると怖いものですね。今まで見えていたものが見えなくなる恐怖というのは恐ろしいものです。いっそのこと、初めから見えていなければよかったのに。なんて思うこともあります。人よりも見えているものがあります。それが見えなくなった時、恐怖を感じるのでしょう。何であれ、怖いものです。それは視覚に限ったことではありませんしね。目で見ているものが見えない。たとえ嫌われている虫だって、急に姿を現さなくなったら、どこにいったのだろうと思うのかもしれません。得体の知れない恐怖が襲ってくるのです。それは五感すべてにおいて思うものなのでしょう。目で、耳で、口で、鼻で、肌で感じて来たすべてが感じることができなくなると恐怖を感じるのでしょう。どれが一つを感じることができなくなるということになったとしたら、そしてそれを選べるとするなら、私はどれも捨てるのを拒みたいと思います。なくていい感覚なんてないのでしょう。そんなことを思うと今の状況が疎ましく思えてしまうのです。また昔に戻れるようにどうすればいいのか。ということを考えるカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ

投降したと思ったら投稿していなかった…そんな日もあります( ´Д`
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2017年01月26日

カルボレンといいます! 〜その350〜

時間があっても、使わなかったら意味がないのです。使うことにしようと思っても、なかなか何に使うべきなのかと迷ってしまいますね。どうしましょうか。急に休みになってしまったとしたら、いったい何をしますか?私はきっとしたいと思ったことをするので、大したことはしないでしょう。もしかしたら、何の得のないことをひたすらやっているのかもしれません。今後使うことのないことをする。むしろ自分にとって損になるようなことをする。どうであれ、私は大したことを出来ていないのが現状なのです。時間があって、休みがあって、私が出来ているのは自分がしたいと思っている遊びだけ。そんな私なのです。
遊びをするとリフレッシュするのでしょうか。むしろ遊べば遊ぶだけ、疲労は蓄積するような気がします。楽しいことをしたということでストレスは減り、脳の疲れは癒されるのかもしれませんけどね。人は脳の疲れを癒すために遊ぶのです。ストレスを開放するために遊んでいるのです。そう考えると、今の人たちはたくさんのストレスを抱えながら生きていて、その発散の為に試行錯誤しているのだな。なんてことを思えるほどに多種多様になっていますよね。そんなことを思っているカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年01月24日

カルボレンといいます! 〜その348〜

身体というのは正直なもので、自分ではできると思っていていてもついて来てくれないことがあります。身体が先に根をあげてしまうのです。そんなとき、鞭を打たれるのは馬だけで充分なのです。身体はずっと付き添ってくれる相棒なのですから大切にしなければいけませんからね。頭は酷使すればするほど、冴えてくれるような気がしますから、酷使しますけどね。頭を補佐してくれる身体をしっかりと健康でいてもらえるように気を付けなくてはいけませんね。今の時期は寒く空気が乾燥していて身体を壊しやすい時期なのですから頭をフルに使って予防をしてあげなくてはいけません。そう考えると、まるで二人の人物が私の中にいるような気がしてきますね。頭と身体は全く別物で、頭が指示して身体が動く。頭も身体もどちらかが失ってしまったら酷く嘆き悲しむような関係なのでしょう。そんな関係でいられるというのは、そんな関係がいるというのは素晴らしいことでしょうから、大切にしていこうと思いました。私の身体はまるで意思を持っているかのように反抗してきますからね。最近、頭も身体も反抗期のようです。そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2017年01月23日

カルボレンといいます! 〜その347〜

人の感性というのは良く分かりません。好き嫌いが分かれて、100%の人が好き。100%の人が嫌いというものは存在しません。どんなものにも、好いてくれる存在が居るのです。その少数派の人たちの意見を聞いたとしても理解できることは少ないことでしょうが、それでもその人なりの考えがあってのことなのです。それを馬鹿にしてはいけませんね。意外とその考えに引き込まれることもあるのでしょう。少数派の意見というのは貴重な資料になりますから、集めて損は無いことだと思います。私は色んな考え方に触れることが好きですからね。そんな行動ばかりをしてしまいます。
そう考えていくと思えてくるのは、何が多数派で、何が少数派なのか。ということです。情報誌が取り上げていることが多数派であるということはなく、少数派が多数派のように取り上げられているように見せていることもあるのです。何をマジョリティと考えるかで、この世界の形は変化していくのでしょうから、マジョリティとマイノリティを考えながら、自分の立ち位置を考えるのです。そんなことをして、世界に適応しようと思っているカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年01月22日

カルボレンといいます! 〜その346〜

人はどこまでこだわればいいのでしょうか。自分が満足するまですればいいと思いますが、満足をしない人がこだわった場合、その純度はどこまで上がっていくのでしょうか。アルコールを蒸留していっても100%のにはならないように、こだわりによって手に入れるものが最上とは限らないのでしょう。だとしても人はどこまでもこだわり、他人には理解の出来ない領域へと向かって行くのです。人のこだわりを理解しろというのは無理な話だということを知っているのです。
さて、こだわりを持っていますか?なんでもいいです。それは必要なことだと思うのです。こだわりがあれば、それは大きな武器になるのですから。大したものでなくてもこだわればただ一つのものにすることができる。価値のないものを価値があるものにし、人の命を引き延ばし、また減らすものでもあるのでしょう。そんなこだわりを持っている理由を他の人は知りません。その唯一の優越を持つことで、この世界に生きている証となるのでしょう。
確かに私はこの世界の中で生きているのです。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年01月21日

カルボレンといいます! 〜その345〜

私は成長することができているのでしょうか。とても気になってしまいます、一年だけでも、一か月だけでも、一週間だけでも、自分の考えというのは大きく変化していきます。その変化は自分にとって良い変化であるとは限りませんが、同じでもないのです。その変化を感じることはありませんが、人から変わったと言われることによって、自分の変化に気が付くのです。周りの人というのは大切なものですね。
自分の暮らしている環境の変化が自分自身にも変化をもたらします。同じ日がなく、そして同じ時間を過ごすことがないのですから違くて当然なのだとは思いますが。それでも当然を求めるのは、変化に気がついていないからということなのでしょう。
変化を知るべきなのです。それが自分の未来を鑑みる方法なのです。今まで生きてきた軌跡をたどりながら今を、そして未来を占う大切な要素となるのでしょう。自分のするべきことを見つけ、今、するべき行動を示唆してくれるものなのでしょう。そう考えると自分の変化というのは必要だと思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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