2017年04月30日

カルボレンといいます! 〜その442〜

疲れる方法は簡単です。ただ動き続ければいいのです。どんなことをしたとしても、人はいずれ疲れるのです。その疲れを取る方法は難しいです。
だったら疲れないほうがいいと思いますか?しかし人は疲れたいと思うときがあるのです。疲れて、満足感に浸りたいと思うことがあるのです。そんなときに何をするのがいいのでしょうね。自分のしたいことをすることでしょう。自分の嫌いなことを何とかやったという疲れよりも、好きなことをやった疲れのほうが、なんとなくいいような気がしますからね。なので疲れるために自分の好きなことを、好きな様にして、何時間もやることで疲れて満足した方が、私はいいですからね。
ただ、人によっては嫌いなことをしたほうがいいと思う人もいるでしょう。私には会わなかっただけですけどね。色んなことを試してみると、自分がどんなことで疲れるのか。知っておくといいのかもしれません。そうすると疲れたいときは疲れることができ、疲れたくないときは疲れないように立ちまわることができるのかもしれません。そんなふうになりたいと思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年04月29日

カルボレンといいます! 〜その441〜

身体を動かすのが好きな人にとって、この世界は過ごしやすいのでしょうか。それは分からないのです。色んなことがあるので身体を動かしたいのなら、それを選べばいい。選択肢はたくさんあるのですから、その選択を間違えなければ、望んだとおりに身体を酷使することができるのでしょう。身体の酷使を望む人がいる。その望み叶える方法は簡単ですが、叶えてもらったからには最後までやり通して欲しいとおもうのです。それができますか?できる人はあまりいないと思うのですよ。
私はひたすら身体を動かしたかったのかもしれません。だからこそ一日中、頑張ってみたのです。その結果、身体は動かなくなったのです。だんだんと動かなくなっていく私の身体は好きなことをすることができなくなってしまいました。それでも好きなことをしてきたのです。後悔なんてするわけがないじゃないですか。
好きなことをしたからといって、好まれる結果になるとは限りません。それでもやるのは、自分がしたいから、それ以上の理由はいらないことでしょう。私はいらなかったのかもしれません。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年04月28日

カルボレンといいます! 〜その440〜

謎を解くというのは大変ですが、それでも楽しい事なのです。頭をフル回転させても解けないような問題が目の前にあって、その問題を解くために様々な方法を試している。そして解けても解けなくても、考え続けたことで理解を深め、その問題を愛することができるようになるのではないでしょうか。
答えを追い求めるのはいいことです。ただその答えは一つではなく、複数あるということを認識していなければいけません。解けたと思っても、その答えが本当に正しいのか。ということを考えなければいけません。その答えに囚われてはいけません。それで満足してはいけません。謎を解くというのは、そんな「いけません」を乗り越えて、突き詰めなければならないものなのでしょう。突き詰めた先に得ることができるものは満足感・達成感……自分の気持ちが乗るわけです。それが好きでわざわざ謎を作って、その謎を自ら解く人もいるくらいですから。
謎を生み出すのは外的だけではなく、内的ものであってもいいと思うのです。そして謎が謎を連れてくる。そうして周りが謎だらけになったとき、人は恐怖と共に、それに見合った楽しさを得ることができるのでしょうね。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年04月27日

カルボレンといいます! 〜その439〜

人はストレスを発散するために趣味をする。趣味をするのは、自分のしたいことをすることでストレスを発散するため。ということは、仕事でストレスが溜まらない人は趣味をする必要はないのかもしれませんね。趣味なんて必要ない。私には仕事だけあればいい。という人がいるのは、その為なのかもしれません。
仕事と趣味を繰り返していくと思うのです。仕事で受けるストレス量と趣味で発散できるストレス量がイコールか発散側に向いていたのなら、その仕事をいつまでも続けることができるのでしょうね。それは仕事で手に入れることができる給料が、趣味につぎ込めるのはどれくらいか。ということになるのかもしれません。
なので、趣味にお金がかかる人は、どんなに仕事をしてお金を稼いだとしても、ストレスが溜まっているのなら満足出来ず、少ない給料だったとしてもストレスを受けないのなら、それで満足できるのかもしれません。それはやっている本人が、仕事によって、それで満足していると思いこんでいるだけかもしれませんし、満足していないと思っているだけなのかもしれません。ようは思いこみなのだと思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年04月26日

カルボレンといいます! 〜その438〜

恐いこともたまにはあってもいいと思うのです。心臓が大きく跳ね上がるような、そんな体験が合ってもいいのだと思うのです。そんな刺激が人生を盛りあげるスパイスになるのでしょうから。
どんなことなら恐いと思ってもよいでしょうか。非現実的な恐いもののほうが、後でいいのかもしれません。後にずるずると引きずるような恐怖体験をしてしますと、どんどん後ろ向きになっていってしまうのでしょうから。恐怖というのは、そんなものです。
人にとって驚くということは、きっとたまであればいいことなのかもしれません。毎日では嫌ですけどね。驚いたときに出てくる感覚が忘れた頃に、また驚かしてくれればいいと思うのです。常に驚いていたら薄れていってしまう感覚が、再び元に戻ってきた時に。常に刺激が欲しいのなら、感覚があく必要もあるのでしょう。
恐いことを求めている私は、きっとそれほど恐さに対しての態勢がないのかもしれません。だからこそ、恐さを求める恐いもの知らずとして、ここにいるのかもしれませんね。そんなことを思っているカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年04月25日

カルボレンといいます! 〜その437〜

人は慣れないことをしていると時間がかかるものですね。慣れるまでは苦労しますが、それが使うものであったら頑張ることができ、それを使うことで良い結果をもたらすことが信じていました。でも、手に入れてからでないと何も分からないのがこの世界です。慣れたからといっていい結果になるとは限らない。慣れてやってみないと分からないのです。ただ、触れただけではその良さは分からない。しっかりとやってみないと分からない、何も分からないのです。
慣れるためには時間がかかります。そして、人によって慣れる時間は異なるのです。時間がかかる人がいれば、数分とかからず手に入れることができる人もいる。人にとって、得意・不得意はあるのでしょうね。しかし、一度、手に入れることができたのならば、それは大きな武器になる。やっていくうちに役に立つのならやらないといけないのかもしれませんから、どんなことでもやってみようと思うのです。慣れるまでやってから考えてもいいのです。
すぐに慣れたからといって、それが得意とは限らない。慣れ続けることができるのならそれが天職なのかもしれない。だから、慣れる時間は関係なく、やり続けてみてください。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年04月24日

カルボレンといいます! 〜その436〜

余計な言葉というのは言わないほうがいいのですが、言いたいときがありますね。そういうときは言わないほうがいいのです。言うと後悔することになるのでしょう。なので私は私自身に言うことが多いのですが、それでも言いたくなるときは、誰もいないことを確認して、ぼそぼそと呟いています。そうしないと発散できませんからね。言いたいことは言わないと溜まっていきます。そして、それが聞かれては困ることだったら人前で話すことはできません。ならば一人で発散するしかないのです。誰もいない部屋で、ただただぼそぼそと喋っている。その様子を見られてしまったら、きっと怪しいのでしょうね。そんなことを思いながら。
一人でこそこそとしていると、大抵の人は怪しがるのです。しかし、実際には一人でこそこそやっているときは、人に聞かれては困ることを処理している場合が多いのですから、そこは深く追求することなく、放っておいてあげると良いのではないでしょうか。そうしないと聞きたくなかったことさえ聞こえてきてしまうのかもしれませんからね。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年04月23日

〜カルボレンといいます! 〜その435〜

状況を客観的に見ることができる。それができれば大抵のことはうまくいくのかもしれません。基本的には今見ている、自分のしていることしか分からないのです。いったい周りでは何が行われているか。それさえ分からないまま生活を送っているのです。
そんな中で、自分の今している行動がどんな影響を与え、そして周りがどのように動いていて、その動きより、自分がどう動くべきなのかがわかるのならば、きっと思った以上の成果をあげることができるのでしょう。主観のように分かっていることではなく、客観的では推測になってしまいますけどね。推測であっても、その考えを持っている、持っていないでは大きく異なった結果になることでしょう。
後から「こうすればよかった」なんて思うのは客観的なのでしょう。自分の状態を遠くからみて、こう動けばよかったと思うわけですから。ならば前もって「こうすればよかった」ということを考えておけばいいのです。多くの案を出しておいて、その中で推測して「こうすればよかった」を選択するのです。きっとそうすることで、そのうちうまくいくこともあるのでしょうね。そんなことを願っているカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年04月22日

カルボレンといいます! 〜その434〜

人は、少しでも人と違う姿をしているものを見ると不安になるのです。幽霊とかお化けとかの画像や映像を見ていると、たいていが人の形に似ているものの姿をしていることが多いのです。それは、そのほうが恐怖心をあおることができるからであり、幽霊など恐怖を感じるものは、人と似ていて、人とは異なるものに恐怖を感じるのかもしれません。
もし、何がなんだかよく分からないものの写真を見せられて、これは幽霊を実際に映した写真です。と言われても、きっと何かの汚れだろう。とか、編集だろう。とか言われることでしょう。そして、明らかにその場につけたような写真を見て、怖い、幽霊だ。と騒ぐのです。
この世界にはたくさんの根本となったものがあるのです。そのイメージが強過ぎると、それはそういうものだという考えを持ち、別のものを受けいれなくなってしまう。本当にそれは別のものなのか。それは本当に正しいのか。それを考えることもなくなっていくのでしょう。そう考えていくと実はこれも仲間だったのではないか、なんてことを思うことがあります。今となっては分からないことなのですけどね。
分かり切ったことでも良く考えてみると違ったことが分かるのかもしれません。そんなことをいつも思っているカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年04月21日

カルボレンといいます! 〜その433〜

どんなことでもやっていくことで仕事にすることができます。続けることが大切なのかもしれません。どんなことでも需要はあるのです。それを必要とする人を探すのは大変なことですが、見つけることができたのならば、きっとお互いに得なのでしょう。思ったよりも需要がある単純な作業というのは、たくさんあるのかもしれません。それはやってみなければ分からないものかもしれませんけどね。
昔は当たり前のようにやっていたことを、今ではやっていないこともあったりします。それを昔ながらの方法でやってみてはどうでしょうか。なんだか物珍しさで人が集まるかもしれません。面倒くさいだけで、効果は充分なこともたくさんあるのです。こんなにも面倒くさい手順を経て、こんなものが完成する。それをして欲しい人もこの世界にはいるのです。探すのは大変ですが、大変だと言うことを知っていて、かつやって欲しいともなれば、きっと良い結果をうむことでしょうね。
何が流行るか分からないこの世界なのです。何かを探してもいいのではないでしょうか。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 16:44| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする