2017年06月25日

カルボレンといいます! 〜その497〜

自分の見ている世界だけが世界ではなく、この世界は広くて把握しきれないのです。自分の世界と他人の世界、そして何の意志も影響しない世界に分かれていて、その大きさを比べると自分の世界はあまりにも小さいのかもしれません。この世界は広すぎて誰も把握することができず、自分の見ている世界だけを知って、世界を知っている気になっているだけなのです。表があり裏がある、楽しさの裏には苦労がある。笑っているように見えて、実は泣いている。そんな状況になって初めて、人はその世界を知ることができるのです。そう考えると自分の知っている世界は、全体のどれくらいなのでしょうか。とても考えることができないほどに微細なものなのでしょう。
そうしてこの世界から脱け出して、別の世界に入ってみたいと思っても、その世界からは否定され、拒絶され、そして排他されるのです。そう考えると自分の世界だけでもしっかりと把握しておこう。なんて、そんなことを思うのです。
自分の世界のことを知らない人が深い闇を見てはならない。自分の世界を押し広げて、そして見えてくる世界が自分の限界なのだということを把握するべきだと思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年06月24日

カルボレンといいます! 〜その496〜

ジンクスやおまじないという形で自らに制限をかけることがあります。それをしないとなんだか落ち着かなくなったり、うまくいかなかったような気がする。それはきっと思い込みの力なのかもしれません。脳が勝手に、この行動をした後はうまくいく。とインプットしたために、それをしないとうまくできないと体が思い込んでいるのかもしれません。なので、それをやった後はうまくいくということを身体に教え込むことによって、調子を常にキープすることができるのかもしれません。
どんなことでもいいのです。簡単なことでいいので、やるべきことの前に何か動作をする。手を高く上に掲げるとかそんなことでいいのです。その習慣をつけることによって、気持ちが切り替わり、その行動を成功へと導くきっかけになってくれるのかもしれません。一種のくせのようになったのであれば、きっとどんなときでも同じだけのパフォーマンスを出せるようになることでしょう。
そのためには成功のイメージと動作との関係を関連づける必要があって、その作業は簡単ではありません。続けることで定着するのでしょう。毎日、続けていこうと思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2017年06月23日

カルボレンといいます! 〜その495〜

最近、落ち込んでいることが多いカルボレンです。落ち込むときは落ち込む要因になるような出来事が立て続けに起こっているような気がしますが、実際にはそんなことはないのです。普段は普通に思っていることでさえも、いつもよりも不幸だと思ってしまう。それは自分が今落ち込んでいるから悪いことが起きる。ということを思っているからなのでしょう。悪い気持ちのときは悪いことが起こると思い込んでいるのです。
どんなことが起こったとしても嬉しいことだと考えることができるのなら、落ち込むことはないのでしょう。ポジティブな人はどんなことがあっても、マイナスのことを考えることはないのかもしれません。辛いということさえも気がつかないかもしれません。そんなふうになるためには、初めはどうすればポジティブに考えることができるのか。ということを考え、そしてそれが自然にできるようになるまで。悪いことを頭の中から除外し、楽しいことだけを考えることができるようになったら、きっと誰よりも幸せ者になることができるのでしょうね。そんなことを思うカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2017年06月22日

カルボレンといいます! 〜その494〜

食べたいものを食べようと思ったときに、すぐに手に入るようになったので、この季節だからこれを食べよう。ということが少なくなりましたね。今の時期の旬はなんだろう。なんてことはだんだん必要なくなっていくのかもしれません。それほどに味に大差がなくなってきているのかもしれません。そう考えると何も考えずに自分の好きなものを好きな時期に食べることが幸せに感じるのかもしれませんね。
色んなものの旬について考えてみたりしているのです。どんなもの、どんな事柄にも旬はあるのだと思います。それが曖昧になっていたり、一年中旬、その年だけ旬、その瞬間だけ旬などあるのかもしれません。きっと自分自身にも旬があるのかもしれませんし、あったのかもしれません。人間の旬はいったいいつなのかと考えると、少々面白いのかもしれませんね。あなたの旬はなんですか。そんな話題に旬がくることはあるのでしょうか。考え始めるとよくわからなくなっていきます。
旬はそれほどに複雑なことではなく、美味しいと思う時期であるならば、人によってそれぞれ感じ方が違うのです。自分にとっては旬、という風になればいいのだと思います。そんなことを思うカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2017年06月21日

カルボレンといいます! 〜その493〜

ひどく落ち込んだときはリフレッシュが必要ですが、リフレッシュはどんなことが良いのでしょうか。どんなに落ち込んでいても、いつも同じことをしている人にとって、何をしたらいいのかなんていうことは分からないのかもしれません。リフレッシュとはいったい、なんだったのでしょうか。そんなことを思いながら、きっと何もしないことも一つのリフレッシュだということを感じるのに、だいぶ時間がかかったものです。自分の存在を一瞬でもニュートラルにすることができるのなら、それだけ余裕が生まれるのかもしれません。人には余裕が必要なのです。そうしなければ何も気がつくことができないのですから。
何もしないということと、眠るということは少し違うのかもしれません。何かを見ているようで見ていない。何かに集中しているようでしていない。眠っているように見えて眠っていないというくらいですが。眠るとの違いは意識をして無になっているということなのかもしれません。頭の中を空っぽにして何もない瞬間を作り、落ち込んだ自分を客観的に見る余裕を作ることでリフレッシュすることができるのではないでしょうか。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年06月20日

カルボレンといいます! 〜その492〜

やらなければいけないのに手が止まることなんて普通のことです。人の行動はとても簡単なことで停止してしまうのです。それは簡単なことで人の集中は奪われてしまうということなのかもしれません。
人の集中力とはとても脆弱なものです。どんなに集中しようと物事を見ていても、その集中しようという気持ちが邪魔をして何もできません。集中しようとして集中できるものではないのでしょうね。
人には集中しなければならないときがあるのでしょう。しかし、そんなことを思っているときは集中できていないのです。集中している人はただただそのことに没頭しており、それ以外のことを考える余裕がないはずです。それしか記憶がなく、かつ時間があっという間に変わっていくとき、そんなときは集中していたと胸を張って言えることでしょう。どんなつまらないことでも集中していると時間が経つのは早いものです。
なので思うのです。集中することに頑張れば集中はしているのです。集中。その作業とは別の作業。そんな時間があってもいいのかな。なんてことを思うカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2017年06月19日

カルボレンといいます! 〜その491〜

ふと気がつくことがあります。あぁまだやっていなかったか。そんなときにやり始めるのは遅いのでしょうか。遅いのはまだ大丈夫ですね。まだ間に合うのですから。間に合うのならばいつやってもいいと思うのです。期限があるものというのはそういうものです。期限ぎりぎりに提出するのは相手方に悪いような気もするものですが、それでも守ったことには違いありません。その期限に対して一秒でも遅れてしまったらそれは駄目なのでしょう。そんなことがないように注意はしつつ、期限が迫っているものがあって、それを視覚化したいとも思うことはあるのです。
色んなものをメモしている人がいます。それは忘れないための工夫です。忘れないようにメモをしておくと、ちゃんと期限に気がつくことができるのです。いっそのこと期限の切れそうなものがあったら報告してくれるものがあったらいいのに。なんてことを思っていたらこの世界にはもうすでに、そんな機能があるのですね。
意外と探してみると色んな機能を持ったものがあるのです。この世界は便利になったものですね。そんなことを思いながら、締め切りぎりぎりのものを必死でやっているカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年06月18日

カルボレンといいます! 〜その490〜

ムラッ気があると使いにくいものです。私自身、かなりやる気に差がある人で、やりたいことにやりたいことをしないとやる気のなくなってしまう人なのです。なので、私には大切な仕事を任せてはいけないのかもしれません。自分の好きなことを好きなタイミングにやらなければならない。ということをなんとなく思うのです。
自分の性格、特にやる気に関しては知っておくと便利なのかもしれません。やる気がどんなふうに起こってくるのか。それはきっと人によって異なります。熱しやすく冷めやすい、冷めにくいけど本腰を入れるまで時間がかかるなど、様々ある自分のタイプがどんなことに向いているのか。ということを考えると、自分の性格に合っている将来を想像することができます。自分がどんな生き方をしたいか。ということと組み合わせることで、自分の進むべき道が見えてくるのではないでしょうか。
自分のやる気というものはきっと生涯同じなのでしょう。なので何も疑う必要はないと思うのです。自分にはこれが似合っていると決めたら、とりあえずやってみることがいいと思います。そんなカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2017年06月17日

カルボレンといいます! 〜その489〜

欲しいものがあるから人は頑張れる。人が行動するのは必ずなにか見返りを求めているからなのかもしれません。自分がやっている行動はどうしてやっているのですか。それを考えるときっとわかるのです。自分がしたいことが本当はなんなのか。そして、その欲しているものが自分のことを教えてくれるのでしょう。自分の行動は自分のすべてにつながっている。そう思うのです。
自分が欲しいもの。それは自分にはないものを表し、それを補おうとしているものなのかもしれません。欲しいものが何か理解していると言うことは自分の足りないものを知っているということにもなります。それさえ手に入れることができたのなら私は満たされるのだろうと、そう思っているのかもしれません。欲しいものがあるということは、自分にとって足りない、もしくは足りないと思っていることを補充しようとしている結果なのかもしれません。
そう考えると自分が欲しいもののために人が努力する理由というのが分かるような気がします。欲しいものがあるときはそれに向かって突っ走ってみてもいいのかもしれませんね。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年06月16日

カルボレンといいます! 〜その488〜

新しく面白いことを発見すると、人はついついずっとやってしまうことでしょう。楽しいことをしていたい。目新しいことをして気を紛らわしたい。そんな気持ちは誰にでもあるものです。だからこそ、人は毎日のように面白いことを探し、そしてやってみることでしょう。
人はそうとう好きでない限り、続けることはできません。ある程度の時間をやってしまったら急にやる気を失い。突然興味を失うことも多くあるでしょう。それはきっと、脳が新しい刺激を欲しているからなのかもしれません。
だとすると、その場限りの時間だけかもしれませんが、その時間時間にまったく別のことをして暇つぶしともいうべき新しいことに挑戦するという時間が、人には必要になるのかもしれません。
新しいことを発見することは不意であり、どんなことであっても、すべてを知っていると思っていたことでさえも出てくるものです。つまりその物事にどれだけ集中することができ、細かいことに気がつくことができるのか。ということであり、その時間が自分の好みの尺度ということになるのかもしれません。
私が長年、やってきたことは何なのか。ということを思い返したカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 18:00| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする