2017年07月31日

カルボレンといいます! 〜その532〜

怖いことというのは、思ったよりも多く起こるものです。人はそのたびに驚いたり、何かしらの反応を見せるのです。色んなことが起こって、色んな反応をする。そんな中でも怯えているというのは、なぜだか面白く感じるものがあるのかもしれません。人が怯えているという表情はあまり見ることがないからこそ、そんなことを思うのかもしれませんね。
人があまりしない表情というのは面白いものです。何も考えなくても人は何かしらの表情をしています。しかし、だからといってそれをじっと見ていては怒られてしまいます。でも見たい。そんなときはどうすればいいのでしょうか。一瞬を頭の中に記憶して、それを楽しむという手もありますが、人の記憶というのは曖昧なもので、忘れていってしまいます。だからといって、そのときの表情を表現し直してくれと言っても、二度と同じ表情をしないことでしょう。悲しいことに、人は本当にそう思っていないと、同じ表情は出ないものなのです。
ぜひとも自分の表情をしっかりと見てみてください。ビデオカメラに保存をしておくといいかもしれません。そのときの表情と、他人と話している時の顔は同じでしょうか?とても気になるところですね。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年07月30日

カルボレンといいます! 〜その531〜

人は集め始めると際限なく集め始めます。気がついたら家じゅうがそればかりになっており、冷静に部屋を眺めてしまうと、どうしてこんなものを集めていたんだろう。なんてことを思うこともあるのかもしれません。しかし、集めているときは楽しいもので、どんどんと集めていき、いつの間にか部屋を覆いつくすほどの、もしくは視界いっぱいに広がるほどの量になっていることがあるのです。それはいったいどうしてなのでしょうか。それはきっと集めることによって独占欲を満たしているのかもしれません。だからといって、安いものを大量に持っていても独占欲は満たされず、その場合は「いつか使うことがあるかもしれない」という考えが働くからなのかもしれません。独占欲か貪欲か、そのどちらかが作用しているのかもしれません。
その逆にものに固執しない人も増えていて、何もいらない。何も必要ではないという人も増えてきました。部屋は殺風景、特に何をするでもなく家に閉じこもっている。さて、どちらのほうがいいでしょうか。ものがたくさん溢れている状態と、ものがまったくない状態。人によってどちらを選ぶかはとても興味深いものですね。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年07月29日

カルボレンといいます! 〜その530〜

人の意志とは弱いもので、意外とこうすると決めたことを成し遂げることができる人は少ないのかもしれません。「俺は絶対にこうする」「俺はこうなりたい」と言ったと思ったらすぐに変わってしまう優柔不断な人もいます。しかし、そういう人のほうがいい結果を導くことができるのかもしれません。
意志が強く、一度決めたことをずっとやり続けている人というのは融通が利かないこともあります。もうこれ以上はやっても得がないという雰囲気を感じることができずに深みにはまってしまうこともあるのでしょう。そう考えると意志は弱くてもいいのかもしれません。やるべきことさえやっていれば達成する必要はなく、自分の匙加減でどうにでもなる。そんな理想を描いてしまうのです。
皆さんはどんなふうですか。意志は強いですか。弱いですか。それは知っていて、損はないことだと思います。何事も最後までやりとげようとしたら、きっとすごい労力を使うことでしょう。自分の意志がどこに向かっているのか。考えてみてもいいのではないでしょうか。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年07月28日

カルボレンといいます! 〜その529〜

動けるというのは幸せのことです。縛られていてはできることは限られてしまいますからね。自分が自由に動くことのできる時間というものはあったほうがいいのです。数分でも数時間でも、一瞬でもいい。自分は自由に動くことができたという実感を持てればそれでいいのです。「ああ、私は自由だ」と思うことができる瞬間を、あなたは考えたことがありますか。そうするとなんだか、心に余裕が持てるのかもしれません。
動きは歳をとる度にどんどんと制限されていくのです。若いときにできた自由行動は、歳をとる度に自由が利かなくなっていく。若いうちに出来ることをやるほうが自由を感じやすいのかもしれません。
ただ、年代によって、様々な自由が存在します。いろんなことができるようになったりできなくなったりをしながら成長していくのかもしれません。そうして今までできたことができなくなることで幸せだったと感じ、これから幸せが訪れる。そう思うことができるのではないでしょうか。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ

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2017年07月27日

カルボレンといいます! 〜その528〜

人に自分の目標を言うと、それに向けて頑張ることができるのかもしれません。自分だけで考えていると、もうそれくらいでいいかと思ってしまうかもしれませんが、他人に行っていると、他人の目が気になって、最後まで続けることができるのかもしれません。
あらかじめ自分がしようとしていることは先に他の人に言っておいた方が得なのかもしれませんね。
自分の夢を語る、という人はたくさんいますが、その人は叶うのでしょうか。その場合はきっと叶わないことでしょう。目標が大きすぎると、それは冗談だよ。と頭の中で思ってしまうことでしょう。それでは人も本気にしませんし、自分自身も真剣に取り組むことができないのです。
なので、身近なことから、簡単なことやすぐに実行できることに対しての目標を他人に言うべきなのです。そうすれば、その人の前では、しっかりと言ったことは守ることでしょう。それを繰り返していくことで、いつか大きな目標を叶えることができるのではないでしょうか。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年07月25日

カルボレンといいます! 〜その526〜

人がなにかを嫌いになる理由というのはいくらでもあるものです。ほんの些細なことでさえも気になる。今日は機嫌が悪かった。少し私の気に触れた。そんなことで好きから嫌いにすらなるのかもしれません。嫌いになってしまったものを再び好きになることもある。人の好き嫌いというのは簡単なものです。すぐに好きになり、すぐに嫌いになる。たった一言、たったひとつの出来事によって人の考え方は簡単に変わるものなのです。ただし、それがそれだけの影響力を持つ場合ですが。
人の考えというのは簡単に変わりますが、こうだと思い込んでしまったことを変えるのは難しいのです。それを覆す納得を与える一言であれば、いくらでも人の考えは変化します。どんな一言をかけるのか。ということを考える必要があるのでしょう。それだけで人の考えを+から−、真逆の方向に向けることが可能になるのかもしれません。
そんな魔法のようなことが実際に目の前で起こったら反応に困るものです。テレビを見ていて意見を変える人もたくさんいます。それが人なのだと諦めるしかないのでしょうか。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年07月24日

カルボレンといいます! 〜その525〜

考えていても分からないことは結構ありますね。そんなときはその時に正しいと思うことをすればいいと思います、自分の納得することをしたらいいと思いますよ。自分が納得していないというのに、正しくないと思いながらも、といった感じにやってしまったら後悔することでしょう。考えても分からないときは、自分のしたいようにしたほうがいい。自分の考えとは違う妥協案で失敗してしまったら、きっと立ち直ることができませんから。
自分にとって未知なることは楽しみであり、危険なものなのかもしれません。どうなるかわからないということは自分の予定も立たなくなってしまいます。なので自分はこうなるだろうと考えて実行したほうがいいのです。そのほうが楽しいですしね。楽しむためには不確定要素というものも必要であり、自分の予感が当たったときの快感は言葉にできないほどのものなのでしょう。
皆さんはどうでしょうか。今、どうなるかわからなくて不安に思っていることはありませんか。そんなときは自分の直感に頼ってみましょう。そのほうが気持ちよくことが進むことが多いのですから。カルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年07月23日

カルボレンといいます! 〜その524〜

楽しい人生を送っていますか?楽しい人生を送るためには毎日、自分が何をしたいのかを考えながら、自分のしたいことのためにどんなことをするべきなのか。ということを考えなければならないのでしょう。楽しい人生は自分のしたいことができるということであり、自分のしたいことがなんなのかわからずに、ただ何となく生きているだけでは、気がついたら時間が過ぎているというつまらない人生になっているのかもしれません。そんなことがないように、今、自分が一番したいことはなんだろうということを整理しておかないといけません。少しでもやりたいと思ったことがあったらメモをしておくといいでしょう。そしてそれをするために何をすればいいかを常に考え続ける。そうすることによってどこまでも人は楽しい人生を送ることができるのです。
楽しい人生はすぐそばにあるのだと思います。動いた先に必ず転がっているのが楽しみというものです。どんなことでもやってみると、少しでも楽しさというものを持っているはずなのです。行動をして自分なりの楽しさを見つけてくださいね。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年07月22日

カルボレンといいます! 〜その523〜

期待していたことが起こらなかったら、落ち込んでしまいます。こうなるだろうと思ってやっていたというのに、その通りになることはあまりないのですが、期待度というのは違います。思った通りになる可能性は高いものから低いものまであり、その可能性が高いものほど、その通りにならないとがっかりするものです。
しかし、人とは不思議なもので、可能性は低いというのに、その通りになって欲しいと思ってしまうことがあります。そんなときも人はがっかりしてしまいます。起こって欲しいと願っていても叶わないことが多くありますが、それでもがっかりしてしまう。期待なんてしないほうがいいのかもしれないことでさえも、なぜか根拠のない自信を持ってしまうことがある。そんなときは何もする気がなくなってしまうのです。期待をしていたことが起こらなかったら、その期待度が大きいほど、立ち直るのに時間がかかってしまうのです。
早くいつも通りにならないといけないときには期待しないほうがいいのかもしれません。何かしなければならないことがあったときは、大きな期待をせずに行動をする。それができるなら苦労しませんね。そんなことを思うカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2017年07月21日

カルボレンといいます! 〜その522〜

欲しいものを手にするために何か行動を起こしていますか?欲しいものを手に入れるためには何か行動を起こさなければ手に入るものも手に入らなくなってしまいます。必要なものは自らの足で歩み寄ってくることはないのです。自ら歩み寄っていき、手を伸ばさない限り、自分の欲しいものは手に入らず、時間ばかりを消費していくのでしょう。
自分の欲しいものを手に入れるための方法を見つけ出すことができるのは、その方法を探し続けた人だけです。そして自分に見合った方法を探さないといけません。歩き続けて、より効率よい歩き方を見つけ出す。その工程が楽しいのかもしれません。人が行動を起こす理由は欲しいものであり、それが楽しさをくれるのかもしれないのです。
そう考えると、楽しさを求めるために、人は欲しいものを探し、そしてそれを得るために、楽しさや嬉しさを得るために欲しいものを手に入れる行動をしているのかもしれません。
実際に欲しいもの、というのは本当に自分の欲しいものですか。それを手に入れるまでの楽しさ、手に入れた嬉しさを求めているだけではないですか。それは人によるのかもしれませんね。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 19:17| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする