2018年03月02日

カルボレンといいます! 〜その747〜

そう、人には理解できないことがあるのです。全ての事柄に対して矛盾をしている内容を理解することなんてできないのでしょうから。
自分の知っていることと逆の意味を持つものを理解するなんてことはできません。ですが確かに存在しているのです、それは間違いないことです。
すべてが存在するこの世界のなかですべてを理解しようとするだけ無理な話なのでしょう。しかしどんなことにも意見を持つことを許されているだけ人は幸せなのかもしれません。疑うことを許されず、ひたすら同じ行動を繰り返すことを強いられている仕組みの一部である必要はないのですから。
全ての理から解放され、自らのしたいことができるという幸せを享受することができる幸せを。そのうち人は求めるようになるのです、理解をしたいと願うようになるのです。すべてを得るがために。しかしすべてなんて不可能なのです。答えが一つではない問題を解きつづけるようなものであり、そこには矛盾も生じているのですから。そしてそれを得たとしても自らの手で破棄する真実を誰が欲しいと望むのでしょうか。
私は望んでいるのかもしれません。自らを否定するために。そのために理解し、理解を疑うのです。そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 17:50| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする