2018年05月21日

カルボレンといいます! 〜その824〜

好きなものをより知りたいと思うのは当然のことでしょう。
しかし、一つの好きなもののために調べ続けることができる人はどれほどいるでしょうか。
たいていのことはある程度知ると満足してしまいますが、その先を知りたいと思うとどれだけの労力が必要になるのでしょうか。その過程にいるものにとっては難しいのかもしれません。
自分がそのことをどれだけ知っているのか、それを確かめる術はありません。それが正しいとは限りませんし新しい事実は次々に出てくることでしょう。終わることのないものをしているような気分になってくるのでしょう。ある程度で区切りをつけないと、つらいものなのかもしれませんね。
それでもやり続けた人は変人と呼ばれるか、秀才と呼ばれるか、難しいものだと思います。それがメジャーであるかマイナーであるかという違いしかなく、それぞれの世界のなかで秀才と言われる人も、まったく違う世界から見たら変人になることでしょう。それも仕方がないのです。好きなのですから。
変人と言われようとも一つのことを突き詰めていくことができる人は尊敬できると思う、そんなカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2018年05月20日

カルボレンといいます! 〜その823〜

人である以上、自分のやっていることには意味があるのだろうかと考えつづけてしまうものです。自分はどうしてこんなことをしているのか。何のためにやり続けなければならないのか。そんな理由を考えはじめたとき、楽しかったものがつらいものになったり、やらなくなったり、嫌いになったりするのでしょう。だから娯楽は無心でやったほうがいいのかもしれません。何のために通いつめたのか。何の時間を費やしたのか。何のためにお金をかけたのか……そんなことを考えはじめて何も残っていないということに気がついてしまうと吐き気を催してしまうほど忌わしいものへと変化していくのです。
そのために何か残っているものを探すということも一つの手かもしれません。何か残すことができたのであれば、それだけやったかいがあったというものです。私の今こうして書いているものも話数が増えていくうちに記録という一つのやりがいというものを見いだしてきたのです。形に残るものこそが一番わかりやすいやりがいになるのではないでしょうか。
たとえそれが目に見えて分からないものであっても記憶に残っている。それで満足できるものであればやればいい、そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2018年05月19日

カルボレンといいます! 〜その822〜

昼間起きているのがつらくなっていき、夜のほうが生き生きとしてくるというのは夜型の人間になりつつあるからなのでしょうか。人の順応はときに凄い結果を産み出すことになるものです。気がつかないうちにどんなことに順応してしまったのかを考えなければ普通ではないことには気がつかないことでしょう。自分が変わって行くことには近くに居る人も気がつかないほど些細なものですが、たまにしか会わない人であれば気がつくような変化を常にし続けているのかもしれません。
人は実は常に変化している、その日その日で自分自身というものは変わって行くのです。何を知って何を忘れたのか。それを考えて生きている人は少ないことでしょう。自分が何を学んで何を必要としなくなったのか。そんなことを考えてみると、常に自分が変わっていることに気がつくのです。
今日の自分はどんなことを知りましたか。昨日まで知っていた何を忘れましたか。それに気がついたとき、変わってしまった自分にふと気がつくのかもしれません。
昨日の自分にはなれないけれど明日の自分を作ることはできるかもしれないと、そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2018年05月18日

カルボレンといいます! 〜その821〜

限られた時間の中で何をすることができるのでしょうか。やりたいことがたくさんある人にとって欲しいものは時間でしょう。眠くても、体調が悪くても無理をして時間を有意義に使いたいと思う人もいるかもしれませんが、実際にはそんなときは休んだほうが効率良かったりもするのです。なんとも不思議なものですが常に最善のことが近道ばかりとは限らないことは分かっています。しかし、目先のことについ手を伸ばしてしまうからこそ、人は考え、悲しみ、そして進化していくのでしょう。同じ失敗を繰り返してはいけません。自分が思う最善の行動をし続ければ、限られた時間内であったとしても自分のしたいことを効率的に行なうことができるかもしれません。一つひとつのものにどれだけの時間を費やすのかはわかりませんけどね。
単純な作業であったとしても、それを積みあげれば、数百、数千と続けたとしたら1回0.1秒のことであったとしても10秒、100秒もの時間を有することになるのです。しかし必要なことなのかもしれません。
1日が24時間と決まっているからこそ、自分が何にどれだけの時間を費やすのかを考えることをしようと思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2018年05月17日

カルボレンといいます! 〜その820〜

睡眠をするということは良いことです。ほどほどの睡眠は自分にとって最高の幸せを与えてくれるものでしょう。
極端に短かったり、長かったりするのなら問題かもしれませんが。
睡眠時間が不十分であれば、人は余裕がなくなっていくのかもしれません。また習慣であり、睡眠時間は長くしようと思えば長くでき、短くしようとすれば短くできるものです。しかしゆっくりと侵食する自分への被害は気がつきにくい。いつの間にかつらい日々になっていると感じたら睡眠時間を変えたほうがいいのかもしれません。ただ目を閉じているだけでもいいのでしょうから。
睡眠というのは幸せなものです。何ものにも妨害されてはならないものであり、唯一一人の世界に入ることができるものです。そんな空間に逃げ込むことができるというのなら一番良い睡眠を探したい。そんなことを思うのです。
自分の体調が一番良いであろう睡眠を探すことから始まります。長いスパンで見なければいけません。一日二日ではわからないです。少しでも変な感じがしたら睡眠時間を変えてみる。そうしてみるといいのだと思います。
そんなことを考えたカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2018年05月16日

カルボレンといいます! 〜その819〜

涼しい風が吹いています。昼間が暑い日は夕暮れ時に吹く風が心地よく感じます。気温が高いからでしょうか。ほんの些細な風であっても気持ちが良いと感じます。これが冬だったら嫌だと思いますから、きっと暖かいからこそ、風の心地良さを感じることができるのでしょうね。なんとなくそう思います。
風が吹くというのは不思議なもので、子供の頃はずっと疑問に思っていました。弱い風、強い風、様々な強さの風があり、それは断続的であり、どんな力が働いて風が吹いているのだろうと考えていたのです。海のような地平線の彼方まで見えるような場所であっても、正面から吹いてくるどこでも現れる風。突然やんで消えてしまう風。もしかしたら風は生物なのではないか。なんてことを思えてしまうのです。目に見えない生物が空中を駆け巡っている、その痕跡が風となって私たちの感じる風になっているのではないかと。それが本当だったら強風の日なんてどれだけの生物が飛び交っていることでしょう。そんなことを考えながら楽しんでいたのです。
自然の現象のすべてを生物によるものだと考えるとなにか面白い発見があるかもしれません。そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ

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2018年05月15日

カルボレンといいます! 〜その818〜

時間がないときにはしっかりと内容をまとめなくてはいけません。必要な部分だけをピックアップして取捨選択しなければならないのでしょう。しかし捨てる部分がない場合はどんなことをしなければならないのでしょうか。
できることと言えば別の言葉に置きかえたり、同じような意味をまとめたりしてやらなければならないのかもしれません。意味が変わってしまわないように注意しつつ、言いまわしを変えるというのは楽しいものです。違う言葉なのに同じ文章になる。それが不思議であり面白いと思えるのです。それが人に伝わるかどうかは別の話ですが。
たくさんの内容を簡潔に説明しようとすると間違って伝わることが多いのです。その本当の意味が伝わらず勘違いして理解され、悲しい思いをすることもあります。自分が説明する立場になったとき、どのようにまとめて説明するか。ということをしっかりと考えて伝えなければならないのでしょう。それは努力が必要なのでしょう。
自分自身がその内容を完璧に理解していて、まとめる力がなければいけません。そう考えると人にまとめて伝えるというのは難しいな。なんとことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2018年05月14日

カルボレンといいます! 〜その817〜

時間の配分が下手な人は一つのことに固執してしまいます。ただ一つのことをやっているうちに一日が終わってしまうこともしばしばで、自分でも笑ってしまうことでしょう。私なんかは一つのことをやり続けてしまう人で、ついつい一日を費やしてやっていることがあるのです。それが良いことなのか悪いことなのかは分かりません。絶対にやらなければならないことであれば、それが進行したというだけ。やらなくてもいいことであれば一日を無駄にしたというだけのことなのでしょう。今の世の中、一人遊びと言われていたことでも皆で共有することができるようになり、決して無駄じゃないということができるようになった世の中です。どんなことをしたか、が大切なのではなく、どんな伝え方をしたのか。ということが大切な世の中になったのかな。なんてことを思います。
時間分配が下手だとしても、きっとそれを活かす方法があるのでしょう。それがどんな方法かを探す時間はかかるかもしれませんが。それでも昔よりは無駄だと思う時間が減るのであれば、今の時代はいいものなのかもしれませんね。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2018年05月13日

カルボレンといいます! 〜その816〜

この季節の雨は嫌いではありません。冬のような寒さはありませんし、夏の雨みたいに激しくないことが多いですから。毎日のように雨が続いたら嫌ですが、たまに降る雨というのは素晴らしいものです。私に潤いをくれる気がしますから。
雨にマイナスのイメージがついている人が多いかもしれませんが雨が降らなければ大変なことになってしまうことでしょう。雨は大切なのです。雨が必要な場所だけに降ってほしいというのは贅沢なのかもしれませんね。
ですが雨が降って欲しいときと欲しくないときがあるのは事実で、その時々によって喜ばれたり疎まれたりする。それがなんとなく雨に申し訳ない気がしてならないのです。雨は降りたくて地面に落ちてくるのでしょうか。それとも空に留まりたいのに落とされているのでしょうか。それは誰にもわからないでしょう。雨が落ちる理由を考えると面白いのかもしれません。正解は知っていますが、あえてその正解を省きますが。
ただ蒸発した水が雲を作り、蒸気が集まって水滴になり落ちてくるなんて、そんな答えは必要としていないのです。どんなことでもいいのです。何か物語を作ることからすべては始まるのです。
雨にもなにか物語があるのでしょう。そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2018年05月12日

カルボレンといいます! 〜その815〜

嫌なことをしなければならない時とはどんな気持ちでいればいいのでしょうか。すべてを受け入れればいいのか、それとも文句を言いながらやるのか。色んな人が様々な方法を見つけることでしょうが、私はそんな嫌なことも楽しみたいと思うのです。それは可能でしょうか。
前に話したかもしれませんが嫌なことにも好きなものと同じ部分があるかもしれないと言いました。それが本当かどうかを実践してみることになり、嫌なことを真剣に考えてみました。するとどうでしょう。何とも面白い。とまではいきませんが普通くらいにはなったような気がします。
そのためには自分の好きなものを知っておく必要があります。自分が好きなものが多ければ多いほど考える余地が生まれていくことでしょう。
なので好きなことが思い浮かばない人は好きなことを作らなければならないのかもしれません。好きなことを作って今後の嫌なことに備える。それが嫌なことを乗り越えていく方法なのかもしれませんね。
好きなことが多ければ多いほど幸せだと感じるのはそういう理由なのかもしれません。そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 19:21| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする