2018年06月07日

カルボレンといいます! 〜その839〜

ワガママな人がいます。だとしても仕方がありません。他の人とこだわる場所が違ければワガママといわれるのですから。人にとって譲れないものにこだわることはワガママと言われる可能性があります。それが他の人と同じでなければ「仕方ない」と思われず、「そんなワガママを言って仕方がない人だ」と思われることでしょう。しかし、そこにこだわるからには何かしらの理由があるのです。それを意識しているか意識していないかの違いであり、いつの間にか譲れないものになっていたのはどうしてなのかを辿っていくと、思わぬ自分を発見することができるのかもしれません。
ワガママになるのは理由がある。私はそう思うのです。ならその根底が変わると変化するのでしょうか。絶対に嫌なものがあるとしてそれを好きになることもときにあるでしょう。なぜそんなワガママをいうのか、それをまず考える必要があるのでしょう。
ワガママであっても、こだわりであっても同じものなのです。どうしてその行動をするのかということもわかるのです。「普通なら」「たいていは」で分からないものを理解しようとすることは手間ではありますが、分からないなりの配慮をしなければならないと思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 19:17| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする