2018年07月18日

カルボレンといいます! 〜その879〜

自分の苦労が報われないと思ったときに改善策を考えないのはいけないことでしょう。苦労が報われないと思うということは、それが報われて欲しいと思っているということであり、報われない理由は単純に方法が間違っているのか足りていないのかもしれません。報われないと感じた時点でなにか工夫をするべきなのでしょう。それでうまくいかなければ違う方法を試したり元の方法に戻したりすることで報われる努力をするべきなのでしょう。それがいつか報われることを願って。
苦労したという事実が残ることが自分にとっては幸せなのかもしれません。それが支えとなっているうちはどんな努力でもできるのかもしれません。永遠に報われないだろうと考えた時点で敗北なのでしょう。その予兆に気づいたものは賢いという称号を得つつ今までの苦労を生贄に捧げるのです。ではその逆は。
気がつかないふりをして報われない苦労を続けるものは愚か者であり貶されるべき存在です。しかしその報われないはずの苦労が報われたときのふり幅はより大きなものになるのでしょう。無難であれ無謀であれ、やってみなければどうなるか分からない。なら人は自分の性格に合うほうを選びたいと願うことでしょう。
人々の苦労がすべて報われることを願うカルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 18:44| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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