2018年03月09日

カルボレンといいます! 〜その754〜

人が限界を感じることが無くなってしまったらどうなるのか、想像をするだけでも恐ろしいことです。無尽蔵になものなんてないように人にも必ず限界が訪れるのです。食事もそうでしょう。ひたすら食べ続けることができる人間なんていません。必ず満腹を感じて、食べることをやめることでしょう。満腹を感じなかったら。胃の許容量を超えるほどのものを飲みこむことになるとするならば。考えるだけで恐ろしいものですが、実際にあり得ることなのです。
人のリミットというものはある瞬間、あるきっかけで外れることになるのでしょう。限界を超えたとき、ものはいつ壊れてもおかしくない状態に陥ります。その警報に気付きにくくなっていくのはどうしてでしょうか。いつの間にか限界ぎりぎりの状態になっているときがあります。気がついたときに「どうして」となるときもあります。限界を感じるということは、それ以上、無理をしてはいけないのだと自分自身が納得していないといけないのです。
しかし、そのリミットを超えたいと思ってしまった人がいました。その人は無理をして頑張って、我慢して、我慢して……さて、どうなったのでしょうか。忘れてしまいました。
限界を感じるということは良いことだと思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 17:45| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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