2018年07月16日

カルボレンといいます! 〜その877〜

人の体というのは脆いものであり、堅いものでもあります。不思議なものですね。ふとした瞬間に故障したかと思ったら、同じことがあっても大丈夫なこともある。絶対にダメだと思うようなことでも無傷で生還したり、何事もないように見えることがあるのです。それはどんなものにでも言えることかもしれませんが、自分自身のことを見ることができるだけに分かりやすいのかもしれません。昨日はできたことなのにできなかった。できないことだったのにできるようになった。そんなことばかりではありますができる限り安心に生きることができるように注意を払っているのです。リスクを避けるように人は行動するのです。
脆い、堅いを判断するのは難しいのかもしれません。脆いこともあれば堅いこともある。それはそのときによって変わり、自分が見たときには脆かった。自分のときは堅かった。そんなふうに考えなければならないのかもしれません。それは面倒くさいですね。しかし一概に判断できないものが多いからこそ、この世界は成り立っているのかもしれませんね。
そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 17:55| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月15日

カルボレンといいます! 〜その876〜

暑いときにふと吹く風が、なんとも幸せに感じるものです。普段は何でもないようなものが幸せに感じる瞬間というのは不思議なものですね。何か特殊な条件であったり、余り目に触れなくなったとき、幸せに感じるものかもしれません。珍しいからこそ幸せに感じることもるのです。毎日のように見ることができるありきたりなものでは幸せも薄れてしまうのですから。
いつから幸せであることが当然のように思うのでしょうか。一度でも特別を決めたほうがいいのかもしれません。この日しかやってはいけないこと。年に一回だけ、月に一回だけ、週に一回でもいいのでその日を定めることによって、その日が来るのを楽しみにすることができ、幸せなのだと実感することができる、そんな日があってもいいのではないでしょうか。
そのために、一度、自分のやっていることをすべてやめてみるのもいいかもしれません。そして本当に必要で、やらなければならないということを見つけ、その行動をする日を決めたのなら、きっと幸せに生きることができるのではないでしょうか。
幸せを求めているカルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 17:42| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月14日

カルボレンといいます! 〜その875〜

永遠に残り続けるものとはどんなものがあるでしょうか。形として残り続けるものはあるのでしょうか。本当の意味で永遠に残り続けるものはないかもしれませんが、人が人であるうちは、自分が人であるうちは残り続けるものはあるのかもしれません。そんなことを求めていたとしても、結局は手放さなくてはいけないというのなら、自分が消える前にすべてを処分することを前提にして永遠を求めるというのは大切なのかもしれません。自分が手に入れて自分の消滅とともに消滅することができるもの。そうでなければ残されたものが酷い扱いをされるかもしれませんし、ただのゴミになってしまうかもしれません。永遠に残り続けることが良いこととは限りません。そう考えると永遠というものは良くないのかもしれません。
それでも人は自分の望むものを手元に残しておきたいと思うものです。そして良いものは他人と共有したいと思うもので、それが他人にとって望むものとは限らないのです。もし自分が消滅したときにそれを託されたとして、その人はどう思うのか。そう考えるとすぐに処分できる形にして託すというのが必要なのかもしれません。そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 18:41| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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