2017年06月20日

カルボレンといいます! 〜その492〜

やらなければいけないのに手が止まることなんて普通のことです。人の行動はとても簡単なことで停止してしまうのです。それは簡単なことで人の集中は奪われてしまうということなのかもしれません。
人の集中力とはとても脆弱なものです。どんなに集中しようと物事を見ていても、その集中しようという気持ちが邪魔をして何もできません。集中しようとして集中できるものではないのでしょうね。
人には集中しなければならないときがあるのでしょう。しかし、そんなことを思っているときは集中できていないのです。集中している人はただただそのことに没頭しており、それ以外のことを考える余裕がないはずです。それしか記憶がなく、かつ時間があっという間に変わっていくとき、そんなときは集中していたと胸を張って言えることでしょう。どんなつまらないことでも集中していると時間が経つのは早いものです。
なので思うのです。集中することに頑張れば集中はしているのです。集中。その作業とは別の作業。そんな時間があってもいいのかな。なんてことを思うカルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 17:52| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月19日

カルボレンといいます! 〜その491〜

ふと気がつくことがあります。あぁまだやっていなかったか。そんなときにやり始めるのは遅いのでしょうか。遅いのはまだ大丈夫ですね。まだ間に合うのですから。間に合うのならばいつやってもいいと思うのです。期限があるものというのはそういうものです。期限ぎりぎりに提出するのは相手方に悪いような気もするものですが、それでも守ったことには違いありません。その期限に対して一秒でも遅れてしまったらそれは駄目なのでしょう。そんなことがないように注意はしつつ、期限が迫っているものがあって、それを視覚化したいとも思うことはあるのです。
色んなものをメモしている人がいます。それは忘れないための工夫です。忘れないようにメモをしておくと、ちゃんと期限に気がつくことができるのです。いっそのこと期限の切れそうなものがあったら報告してくれるものがあったらいいのに。なんてことを思っていたらこの世界にはもうすでに、そんな機能があるのですね。
意外と探してみると色んな機能を持ったものがあるのです。この世界は便利になったものですね。そんなことを思いながら、締め切りぎりぎりのものを必死でやっているカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 23:14| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月18日

カルボレンといいます! 〜その490〜

ムラッ気があると使いにくいものです。私自身、かなりやる気に差がある人で、やりたいことにやりたいことをしないとやる気のなくなってしまう人なのです。なので、私には大切な仕事を任せてはいけないのかもしれません。自分の好きなことを好きなタイミングにやらなければならない。ということをなんとなく思うのです。
自分の性格、特にやる気に関しては知っておくと便利なのかもしれません。やる気がどんなふうに起こってくるのか。それはきっと人によって異なります。熱しやすく冷めやすい、冷めにくいけど本腰を入れるまで時間がかかるなど、様々ある自分のタイプがどんなことに向いているのか。ということを考えると、自分の性格に合っている将来を想像することができます。自分がどんな生き方をしたいか。ということと組み合わせることで、自分の進むべき道が見えてくるのではないでしょうか。
自分のやる気というものはきっと生涯同じなのでしょう。なので何も疑う必要はないと思うのです。自分にはこれが似合っていると決めたら、とりあえずやってみることがいいと思います。そんなカルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 18:11| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月17日

カルボレンといいます! 〜その489〜

欲しいものがあるから人は頑張れる。人が行動するのは必ずなにか見返りを求めているからなのかもしれません。自分がやっている行動はどうしてやっているのですか。それを考えるときっとわかるのです。自分がしたいことが本当はなんなのか。そして、その欲しているものが自分のことを教えてくれるのでしょう。自分の行動は自分のすべてにつながっている。そう思うのです。
自分が欲しいもの。それは自分にはないものを表し、それを補おうとしているものなのかもしれません。欲しいものが何か理解していると言うことは自分の足りないものを知っているということにもなります。それさえ手に入れることができたのなら私は満たされるのだろうと、そう思っているのかもしれません。欲しいものがあるということは、自分にとって足りない、もしくは足りないと思っていることを補充しようとしている結果なのかもしれません。
そう考えると自分が欲しいもののために人が努力する理由というのが分かるような気がします。欲しいものがあるときはそれに向かって突っ走ってみてもいいのかもしれませんね。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年06月16日

カルボレンといいます! 〜その488〜

新しく面白いことを発見すると、人はついついずっとやってしまうことでしょう。楽しいことをしていたい。目新しいことをして気を紛らわしたい。そんな気持ちは誰にでもあるものです。だからこそ、人は毎日のように面白いことを探し、そしてやってみることでしょう。
人はそうとう好きでない限り、続けることはできません。ある程度の時間をやってしまったら急にやる気を失い。突然興味を失うことも多くあるでしょう。それはきっと、脳が新しい刺激を欲しているからなのかもしれません。
だとすると、その場限りの時間だけかもしれませんが、その時間時間にまったく別のことをして暇つぶしともいうべき新しいことに挑戦するという時間が、人には必要になるのかもしれません。
新しいことを発見することは不意であり、どんなことであっても、すべてを知っていると思っていたことでさえも出てくるものです。つまりその物事にどれだけ集中することができ、細かいことに気がつくことができるのか。ということであり、その時間が自分の好みの尺度ということになるのかもしれません。
私が長年、やってきたことは何なのか。ということを思い返したカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 18:00| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする