2018年02月18日

カルボレンといいます! 〜その735〜

寒さというのはいいものです。慣れてくると暖かく感じるものですから。暑さはだんだんと嫌になっていきますが寒さはそこにありたいという気持ちにさせてくれる力があるのかもしれません。それはある程度、人は寒さに強いからなのかもしれません。
とはいっても人間は暑さに弱いわけではないのですが。私は寒さのほうが気分的にいいのです。気分の問題なのです。とくにパソコンを扱っているものとしては暑さよりも寒さのほうが都合がいいのです。パソコンが正常に働く範囲でいうのなら、その最低限の寒さであるほうがいいな。なんてことも思うのです。その考えのなかに、人間がどれだけ暑さに強かろうが、寒さに強かろうが関係のないことなのですが。
自分が必要なものがもっとも活かすことができる気温がもっともよいのです。そこに人間の温度に対してのレスポンスは含まれていません。人は気温には適応することができるのですから。
だとするなら私は寒いほうがいいのです。寒さに人は耐えることができる。そしてわたしがしたいことは寒くなくてはできないもの。だとするなら私自身は妥協しなければならないのでしょうね。
寒さも調整することができる人という存在であるのですから。カルボレンでした(´っ・ω・)っ

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2018年02月17日

カルボレンといいます! 〜その734〜

日々、自分の顔を対面していると不思議な気持ちになるのです。自分の顔は自分が思っている以上に日々変わり、膨らんだりしぼんだりしていることに気がつきます。時には刻まれた深い谷を指でなぞり溜息をつくこともあれば、それが伸びて消えることもある。いつのまにかできた黒ずみの理由を考えながら、それをどう誤魔化そうか考えている自分がいる。これが本当に自分の顔なのかわからなくなってしまいそうになるほど変化するのに、そう時間はかからないことでしょう。それほどに人の顔は常に変化し続けているのです。今、この瞬間の顔はこの時にしか存在しないのなら、とっておきたいという気持ちも分からなくはないのです。実は今の自分が一番良い自分なのかもしれませんから。
自分の顔が自分で認識できなくなってしまうこともあるでしょう。基本的に人の顔は一つの基本の元にあり、最終的には皆同じ顔になっていくことでしょう。しかしそうは思えないほどに人の顔はさまざまです。自分の顔が認識できることが幸せであると信じています。そんなカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2018年02月16日

カルボレンといいます! 〜その733〜

自分が何のために「これ」をしているのか。よく考えることがあります。どんなものでもやるからには目的があるのです。その目的のためにやらなければならない「これ」に全力を注いでいるのでしょう。
生物の目的はたいてい生きるために努力するのでしょうか。人も生きるために努力をつづけるのかもしれません。そして生きるのに余裕が出てきたときに、楽しみながら生きるために努力をするとなるのかもしれません。楽しく人生を生きるためには、それなりの基盤が必要になるのですから。基盤は積み重ねることで安定していく。生きることを棄てて楽しみを得ることは難しいのかもしれません。しかし人はそれを望むのです。自らを苦しめながらその場の楽しみに惹かれてしまう。そんな欲のようなものが人を動かしているのも一つの真実なのでしょう。
自分はいま、何のために「これ」をしていますか。それは基盤になっていますか。それとも砂糖菓子のような甘さでしょうか。他人から見てもどちらも無駄に思えるものかもしれませんが、自分にとっては大切なものなのです。自分くらいは見きわめていたいものですね。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2018年02月15日

カルボレンといいます! 〜その732〜

自分の感情をどのように表現したらいいのか、わからなくなってきました。人間は自分の感情を自由に表すことができるのです。喜怒哀楽、さまざまな表情をすることができるのですが、どんな顔をすれば表現することができるのかがわからなくなってしまったのです。人は感情を表現するとき、どんな顔だったかを意識し始めるとどんな顔をしたらいいのかわからなくなってしまうのでしょう。自然の表情を、意識して表現することは難しいのです。自然の笑顔と作り笑い、見比べてみると明らかで、人に自分の感情が読まれてしまうのではないかと意識し始めると、自分の感情を表に出してしまう表情というものを恐怖し、感情を表現することがなくなってしまったのです。するとだんだんと無機物のようになっていくように感じ、自分の感情を表現することができなくなっていったのです。
しかしやはり自然の表情というものが感情を一番表現するものであり、素晴らしいものなのかもしれません。ふとしたときに笑い、涙をみせる。そんな姿を他人が見て、その感情を知ることができる。素直な表情が一番なのだと感じたカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2018年02月14日

カルボレンといいます! 〜その731〜

人が味覚を感じるのはどうしてでしょうか。甘い、酸っぱい、しょっぱい、辛い。いろんな味を口のなかで分類できることに感動をおぼえているわたしです。大雑把に甘い、辛いということは簡単ですが、さらに細分化され、より甘いほう、より辛いほうと比べることができる。それはすごいことなのだと思います。
味は複雑なもので、単に甘い、単に辛いというものは自然にはほとんどありません。口にしたものの味を表現しようとしたらややこしいことになるのです。
このものは「口に入れたとたんに感じるのは甘く、しょっぱさのなかにほんの少し酸味があるような気がする。噛んでいるうちにしょっぱさ、というよりも塩気のようなものが強くなりはじめるうちに甘みが薄れ、呑みこんだ後には少しの酸味と苦みが残っていた」なんて表現されるのです。なんとなく想像をすることはできますがややこしくてあえて表現しようとは思わないことでしょう。
そんな複雑なことを一瞬で処理することができる人の味覚というのは、誇るべきものなのだと改めて思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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