2018年06月14日

カルボレンといいます! 〜その846〜

日によって変わる自分自身の感情をなんとかいつも通りに戻さなければならないのです。それは簡単なことではありません。人の感情は簡単に変化してしまうのですから。それでも常に一定であるためには自分の常というものを作らなければならないのです。
自分がどうであるべきなのか。まったくぶれなければいいのです。自分がどうあるべきなのかを考えて行動すればいいのです。それは簡単なことではありません。どんなときにも自分のあるべき姿を考えていなければいけません。ふとした瞬間に自分がどうあるべきか正気を失うときがあります。何を考えているのか分からなくなるときがあります。そんなときに果たして自分らしさを保つことができるのでしょうか。自分と自分の理想がかけ離れていればいるほど、それは難しくなるのでしょう。
なら自分のことを知っていることが必要なのです。自分の理想は自分の身の丈にあったものでなければいけません。そうしなければいつも通りなんてできないのです。作られた自分が自分のものになるためには人生を捧げなければいけません。それなら自分らしい自分らしさを見つけたほうが楽なのです。
そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2018年06月13日

カルボレンといいます! 〜その845〜

どうして自然というものは不思議な形を生み出すのでしょうか。ときに思いもよらない形を造ることがあり、感覚を刺激されるのです。その刺激は良くも悪くも私に力を与えてくれるものなのでしょう。それが果たしてどんな影響を与えるのか考えてもわかりません。ですが何かが変わるのでしょう。一つも同じものが見当たらないもの、ときに何の一致すら見当たらないものを発見したときに感じる感動はどれほど素晴らしいものなのでしょうか。それを知りたくて新しい発見を探すときに最も可能性があるのが自然なのでしょう。自然はすべての根源であり、かつ基盤なのですから。
どんなものも結局は何かの応用によってつくられている。だからこそすべてには見覚えがあり、何かの真似であると考えることができる。それでも真新しいと感じるのはきっとまだ見たことのないもの、未知なるものだということなのでしょう。考えつかないようなものが普通に転がっているのだとしたら、それは意外と身近にあるものの応用である可能性があり、その可能性を見つけるには基礎から探しだすことが重要なのかもしれません。
そう考えると自然の形というのは良いものなのでしょう。だからこそ不思議な形を探しているのです。どこにでもあるありきたりな自然というものを。
そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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カルボレンといいます! 〜その844〜

朝に書くというのもいいものです。ですが予定が狂うのは気持ちが悪いものです。
人は予定通りにことが運ばないと気持ちが悪いと思います。つい忘れてしまったことでも、あとでもやもやしてくるのです。たとえそれがどうしようもないことであったとしても。
管理をしていると思っている自分のことですら管理できていない人間が他人の管理なんてできるのでしょうか。偉そうなことを言って自分のことを見ていない人間にできることとはなんでしょうか。そんな自分を見つめることで見つかるものがあるのでしょうか。様々なことを考えてしまいます。
忙しさを理由にしてはいけない。体調不良を理由にしてはいけない。なぜなら後で後悔するからです。どうせ後で悩むくらいなら今、やったほうがいいのです。そうすれば自分だけはすっきりすることでしょう。
まず第一に自分のことを考えるべきです。そうして充実していくうちに他人との関係も充実したものになっていくでしょう。自分が満足できないものであれば、他人に満足を提供することはできないと思っています。
なら次に何をするべきなのか。もう決まっていることでしょう。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2018年06月11日

カルボレンといいます! 〜その843〜

一日にできる作業量というのは限られていますができる限り多くのことをしておきたいものです。やりたいことが多いと一日という時間があまりにも短く感じて窮屈になります。しかし何をしたらいいのかと考えるのは時間がもったいないと感じてしまい、ただひたすら自分のしたいことから順番にやることは効率がよいとはいえません。果たして効率よく自分のしたいことをするにはどうすればいいのか、と考えてしまいます。
しかし大抵のものはやっているうちにやるべきことが見つかるものであると信じており、ただただやるべきことを見付けるためにやりたいことをするのです。そうしているうちに自分の作業が間違っていることに気がつき方向転換をすることができ、さらに突き詰めていくことも可能なのかもしれません。
自分の人生を振り返ってやってきたことを思うとどうなのでしょうか。これからするべきことの一つの指針になってくれるのではないでしょうか。私がするべき作業はなにで、どうすればいいのかを考えることができるのではないでしょうか。やってきたことを振り返りより良い人生になることを祈る、そんなカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2018年06月10日

カルボレンといいます! 〜その842〜

一つのものを深く調べるのと、多くのことを浅く調べるのはどちらのほうが良いのでしょうか。考えはじめると分からなくなってしまいます。一つのものを深く調べると誰よりもそのことに詳しくなれるかもしれませんがだから何だといわれてしまうこともあるでしょう。多くのことを浅く知っていると誰とでも話はできますが深い話を知っている人には鼻で笑われることでしょう。
本当であればすべてのことを深く知っていることが理想です。しかしすべてのことを知るには人の人生はあまりにも短すぎることでしょう。それほどに人には調べなければならないことがたくさんあるのでしょう。
だからこそ人は選択しなければならないのです、自分が何を調べるべきなのかということを。自分が好きなものであれば自分だけが知っていることであっても突き詰めていくことができるはずなのです。そしてそんなことは一つもなく、必ず誰かが興味を持っているのでしょう。そんな人は探さなくても、自然と見つかるものなのです。
そう考えると一つのものを深く調べるのも楽しく思えます。昔から偏屈な私にはお似合いなのかもしれません。
しかしすべてのことを知りたいと思ってしまうのはなんとも強欲なものですね。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 17:49| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする