2017年10月17日

カルボレンといいます! 〜その610〜

夢中になってやっているといわれることがあります。どうしてそんなにも続けることができるのかということを。しかし、そんなことを言われても困ります。それがしたいからしているのですから。そこにその作業があったからとしか言いようがないのです。そうして続けていると自分が満足感を得ることができる。ただそれだけで他人が驚くような集中力を発揮して、やり続けることができるのでしょう。気がついたら一日が終わっているなんてこともよくあるのではないでしょうか。気がついたら一日中、庭に生えている雑草を抜いていて酷く喉が渇くことだってあるのでしょう。こだわりがあってこそ、やり続けることができる。この庭がキレイになるためだったら、どんなことに時間がかかったとしても、雑草を抜き続けることができるのです。
傍から見ればどうしてそんなことを続ける事ができるのか。と思うかもしれません。ですが「庭を綺麗にしたい」というのが原動力となり、理想の形になるまで続けることでしょう。なにかに夢中になっていると、その形になるまでやり続けることができるのです。たとえ無駄なことだとしてもやってしまうのです。そんなものでしょう。
夢中になるのは自分には理解できる理由がある。そう思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 18:39| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月16日

カルボレンといいます! 〜その609〜

目をつぶって暮らしていると、普段見えているものが見えなくなり、とても不安になります。暗闇を怖れ、目の前に何があるかわからないことが嫌になることでしょう。普段触っているものも、手触りが違うように感じ、食べたものの味もいつもとは違うような気がする。それほど目が見えている人にとって視覚とは大切なものなのでしょう。普段、感じているものがまったくの異質になることがあり、そんなときは疑問を感じ、恐怖を感じるものなのかもしれません。
目をつぶって動きまわる違和感を、今の私は感じているのかもしれません。普通に今までのように生活をしているつもりだというのに、どうしてなのでしょう、違和感を感じ、自分が自分ではないような、そんな気がしてしまうのです。
そんなときはたいてい、疲れていたりして、思い通りに動かすことができないのだと自分に言い聞かせることは簡単ですが、自分の行動がなにかの影響によって制限されているのかもしれないということを考えることができるのかもしれません。自分の知らない未知の力が働いて違和感を生みだしているのかもしれません。それはわからないことでしょうね。
そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 19:27| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月15日

カルボレンといいます! 〜その608〜

食べものがおいしい時期になりましたね。食べ過ぎて体調を崩さないように注意しなければいけません。
おいしいからといってたくさん食べてしまうと体調を崩したり、体重管理が難しくなるのです。
でもよく考えるとどの時期でもおいしいものがそこらじゅうにあるこの世界では、自分自身の管理というものは難しくなっているのかもしれません。運動をする機会というものも徐々に減っていっていますしね。
食べて、食べた分だけ体を動かす。そんなことが昔は容易にできたのです。いまでは限られた土地で、限られた時間で、限られた人が一定のことをすることが多くなり、おいしいもので得たエネルギーは、消費されずに蓄積されやすくなっていくのかもしれません。なので、自分が動く分だけのエネルギーを補充できればいいのですが、おいしいものはそれを邪魔するのです。
そう考えると、いま過ごしているこの世界のおいしくなっていく食べものたちは、わたしたちにとって害になりうるものなのでしょうか。そんなことはないと思います。おいしい食べ物も食べる量をきちんと管理できれば良い仲で居続けることができるのでしょう。
なにごともほどほどが大切なのだと思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 19:29| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月14日

カルボレンといいます! 〜その607〜

お風呂に入りながら夢を見るというのはたまにあることです。うとうとと眠っているうちに懐かしい顔が浮かんでは消え、浮かんでは消える。いつの間にか見覚えのある場所に立っていて、そこで起こった印象的な出来事が起こっているような錯覚を覚える。布団のなかで見る夢よりもより具体的ではっきりとしている気がするのはどうしてでしょうか。それは入浴中の睡眠は危険だということを頭のなかで認識していて、無意識のうちに半分寝ていて半分起きている状態だからなのかもしれません。
夢というのは見る場所によっても時間帯によっても違うのかもしれません。それは頭のなかで無意識に思っていることが関係しているのかもしれません。夜に眠るときは「眠りにつかなければならない」という気持ちがあるのでしょうが、昼間にベットに横たわるときは「こんな時間に眠れるなんて幸せだ」なんて思ったり「こんな時間に寝てもいいのだろうか」という葛藤があるかもしれません。ベット以外の場所では「こんなところで寝てはいけないのに」という気持ちがあるかもしれません。そんな気持が夢によりあらわれているのかもしれません。
そう考えるといい夢を見たいときは自分の求めていることで満たされているときに見るのかもしれませんね。そんなことを思うカルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 17:52| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

カルボレンといいます! 〜その606〜

やりたいことが多くて困ります。ひとつひとつをやっていたら人生が足りなくなってしまうほどに。人がやりたいことというのは挙げていったらきりがありません。そのうち、生きている間にどのくらいのことをすることができるのか。そんなことを考えてしまいます。
人の人生は思っているよりも短く、そして毎年毎年衰えていく自分の体が怖ろしくなるのです。昔は出来ていたことができなくなり、新しいことを覚えようとしても覚えにくくなる。昔のようにはいかないことが増えていき、どうしてこんなことをしていたのだろうと、無駄に過ごした日々を悲しむのかもしれません。自分がいずれは消える存在であるということに気がついたとき、恐怖を感じることでしょう。生きるということはそれだけ恐怖を感じることなのかもしれません。
自分よりも歳をとっている人がいます。その人たちの歳にいずれ近づいていき、いつかは超えることになるのでしょう。自分が老人になったとき、どんなことを思うのだろう。そう考えると今の自分がなんともったいないと思うのでしょうか。
いざ死の間際にたったとき、自分がなにを考えているのか。そんなことを考えていたカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 18:46| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする