2017年08月01日

カルボレンといいます! 〜その533〜

日本語を考えていると、違う漢字で同じ意味を持つ漢字がたくさんあります。二字熟語が多く、一つの漢字を軸として、頭を尻尾を変えることで同じ意味でも違う熟語というものがたくさんあります。同じものを表しているというのに、漢字から受ける印象は大きく異なり、そんなものを見つけるたびに「こういうことを考えてこの漢字にしたのかな」なんてことを思うととても楽しくなるのです。漢字はその構成を考えていくと、なんとなく興味が惹かれるものへと変化するのかもしれません。
漢字、一文字をとっても、その形には意味があるのでとても面白いです。漢字の成り立ち辞典なるものを見ていると、象形文字の話から始まりますが、それによって覚えやすく、イメージしやすいものになっていきます。そこから生まれる日本語の熟語たちも、その成り立ちから組み合わせて、一つの物語を作り出すとさらに覚えやすく、楽しいものになるのかもしれません。
覚えるためには、そのことについて調べてみると興味が出てきて覚えられる。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 18:45| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月31日

カルボレンといいます! 〜その532〜

怖いことというのは、思ったよりも多く起こるものです。人はそのたびに驚いたり、何かしらの反応を見せるのです。色んなことが起こって、色んな反応をする。そんな中でも怯えているというのは、なぜだか面白く感じるものがあるのかもしれません。人が怯えているという表情はあまり見ることがないからこそ、そんなことを思うのかもしれませんね。
人があまりしない表情というのは面白いものです。何も考えなくても人は何かしらの表情をしています。しかし、だからといってそれをじっと見ていては怒られてしまいます。でも見たい。そんなときはどうすればいいのでしょうか。一瞬を頭の中に記憶して、それを楽しむという手もありますが、人の記憶というのは曖昧なもので、忘れていってしまいます。だからといって、そのときの表情を表現し直してくれと言っても、二度と同じ表情をしないことでしょう。悲しいことに、人は本当にそう思っていないと、同じ表情は出ないものなのです。
ぜひとも自分の表情をしっかりと見てみてください。ビデオカメラに保存をしておくといいかもしれません。そのときの表情と、他人と話している時の顔は同じでしょうか?とても気になるところですね。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年07月30日

カルボレンといいます! 〜その531〜

人は集め始めると際限なく集め始めます。気がついたら家じゅうがそればかりになっており、冷静に部屋を眺めてしまうと、どうしてこんなものを集めていたんだろう。なんてことを思うこともあるのかもしれません。しかし、集めているときは楽しいもので、どんどんと集めていき、いつの間にか部屋を覆いつくすほどの、もしくは視界いっぱいに広がるほどの量になっていることがあるのです。それはいったいどうしてなのでしょうか。それはきっと集めることによって独占欲を満たしているのかもしれません。だからといって、安いものを大量に持っていても独占欲は満たされず、その場合は「いつか使うことがあるかもしれない」という考えが働くからなのかもしれません。独占欲か貪欲か、そのどちらかが作用しているのかもしれません。
その逆にものに固執しない人も増えていて、何もいらない。何も必要ではないという人も増えてきました。部屋は殺風景、特に何をするでもなく家に閉じこもっている。さて、どちらのほうがいいでしょうか。ものがたくさん溢れている状態と、ものがまったくない状態。人によってどちらを選ぶかはとても興味深いものですね。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年07月29日

カルボレンといいます! 〜その530〜

人の意志とは弱いもので、意外とこうすると決めたことを成し遂げることができる人は少ないのかもしれません。「俺は絶対にこうする」「俺はこうなりたい」と言ったと思ったらすぐに変わってしまう優柔不断な人もいます。しかし、そういう人のほうがいい結果を導くことができるのかもしれません。
意志が強く、一度決めたことをずっとやり続けている人というのは融通が利かないこともあります。もうこれ以上はやっても得がないという雰囲気を感じることができずに深みにはまってしまうこともあるのでしょう。そう考えると意志は弱くてもいいのかもしれません。やるべきことさえやっていれば達成する必要はなく、自分の匙加減でどうにでもなる。そんな理想を描いてしまうのです。
皆さんはどんなふうですか。意志は強いですか。弱いですか。それは知っていて、損はないことだと思います。何事も最後までやりとげようとしたら、きっとすごい労力を使うことでしょう。自分の意志がどこに向かっているのか。考えてみてもいいのではないでしょうか。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年07月28日

カルボレンといいます! 〜その529〜

動けるというのは幸せのことです。縛られていてはできることは限られてしまいますからね。自分が自由に動くことのできる時間というものはあったほうがいいのです。数分でも数時間でも、一瞬でもいい。自分は自由に動くことができたという実感を持てればそれでいいのです。「ああ、私は自由だ」と思うことができる瞬間を、あなたは考えたことがありますか。そうするとなんだか、心に余裕が持てるのかもしれません。
動きは歳をとる度にどんどんと制限されていくのです。若いときにできた自由行動は、歳をとる度に自由が利かなくなっていく。若いうちに出来ることをやるほうが自由を感じやすいのかもしれません。
ただ、年代によって、様々な自由が存在します。いろんなことができるようになったりできなくなったりをしながら成長していくのかもしれません。そうして今までできたことができなくなることで幸せだったと感じ、これから幸せが訪れる。そう思うことができるのではないでしょうか。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ

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