2018年04月04日

カルボレンといいます! 〜その779〜

どの部分を見るかによって印象は大きく変わります。どんなものにも良い部分と悪い部分はあり、良い部分だけ切り取れば良いものになり、悪い部分だけ切り取れば悪いものになる。そういうものなのです。
この世界では良い部分だけを羅列して良いものだと主張することや、悪い部分ばかりを集めて問題を提起することがあります。それはどうなのでしょうか。そんな印象操作はたくさんあります。しかし実像は、そのどちらも評価しなければ分からないものです。良い部分を見て、悪い部分を見て、そのどちらも合わせると、思わぬ情報が手に入ることがあります。良い、悪いと感じるのも人次第ではありますが面白いと思います。
どんなに悪いものにも良い部分は見つかるというのは不思議だと思いませんか。完全なる善はなく、完全なる悪はない。それを不完全だと思う人はいません。完全な世界に暮らしている人なんていないように。すべては普通で片付けられてしまいますが、実際は普通ではありません。矛盾をしているようで矛盾していないその世界で、あなたが受ける印象はどんな印象でしょうか。
どうせなら良い部分を考えたいものですがね。カルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 17:59| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月03日

カルボレンといいます! 〜その778〜

すべてを簡略化してしまうのはいいことなのでしょうか。見た瞬間に理解することができるというメリットはありますが味気ないのかもしれません。しかしその味気のなさにある特徴が私は好きで、できる限り削れるだけ削ってしまいたくなります。一つの癖のようなものですかね。なかなかそれを理解してくれる人がいなくて寂しい気分になるのです。
人が理解できる範囲でどれだけ簡略化をすることが可能でしょうか。人をできる限り簡単にした場合に考えられるのは棒人間やただの棒として表されることが多くあります。ただその情報だけが目の前に提示されたとしたら、ほんとうにそれは人なのかと疑ってしまうことでしょう。ある程度の条件がそろうことによって簡略化をしたとしても意味を付与することができる。人が理解することができる最低限度の情報さえあれば簡略化というものにも意味が生まれることでしょう。しかしそのためにはしっかりとした知識がなければいけません。
絵であれ文章であれ、どれだけ簡略すれば満足できるのか。そんなことを考えているカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2018年04月02日

カルボレンといいます! 〜その777〜

777回目ですが、特に何をするでもない私です。世間的には素晴らしい大当たりのような気がしますが、回数としての777回というのは微妙な感じですね。どうせなら800回。1000回のほうが見栄えがいいと思うのは、きっと数字を個別に見るか、全体的に見るかによるのでしょう。全体的にものを見るのと細かく見るのでは印象は大きく違うということでしょう。一見するとなんでもないようなものであったとしても、よくよく見ると何か意味を持っている。そういうものはたくさんあるのです。よく確認してみると何かわかるのかもしれません。
目の前に理解ができないことがある。それはそのものの表面だけを見ているからなのかもしれません。たくさんの人の思ったことやそれらをまとめたものは大きくみた物事でしかないのです。それをすべてと思ってしまったら理解することはできないのでしょう。詳細を色んな方面から調べていくことで知ることができる断片を積み重ねて、見えた表面を目にしたとき、人は本当にそのものについて理解できるのかもしれません。
777という数字になんとなく不吉な感じがしたカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2018年04月01日

カルボレンといいます! 〜その776〜

四月が始まってしまいました。今日から新年度が始まったのです。もう新しい生活が始まった人もいるのではないでしょうか。変わらない人もすでに変わっている人も、改めて頑張ろうと思うことができる四月です。四月はいったんリセットをすることができる機会なのかもしれません。せっかくの機会ですから、もうまったく変わらなくなってしまった日々も新鮮な気持ちで暮らすことができるようにする工夫をしてみることにしましょう。
どんなことをあると目新しいことができるのか、それは簡単なことです。朝ご飯を変えてみたり歯磨きのやり方を調べてみたり、目的地まで行くルートを変えてみたり……様々なことを変えることができます。変わることによって得られるものは意外と大きいもので、なんでもないことで気分転換をすることができるのでしょう。それを求めて私は新しいことを探し続けているのかもしれません。そうし続けることは難しいのですけどね。
毎年、同じことをしていると新しいことをするのが難しくなっていくのです。そんなときは同じことの変えどきなのかもしれませんね。そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 16:42| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月31日

カルボレンといいます! 〜その775〜

やってきたことが目の前にあるということ、それが自慢になることがあります。自分がやってきたことがしっかりと形として残っているのなら、それは長い時間がかかればかかるほど、量が多ければ多いほど、質が高ければ高いほどいいものなのでしょう。たとえ誰からも評価されなかったとしても自分が満足している。それが大切なことなのです。
どれだけのものを作り出せば評価されるのか。それは分かりません。何が評価されるのか、それは世に出るまで分からないものです。こつこつと積み上げてきたものが評価をされる可能性がある。その可能性にかけている人もいるのでしょう。評価されるためにはどれだけの人の目に触れるかということにかかっている。評価されたい人はしっかりと宣伝をすればいいのではないでしょうか。
そんな考えから人は自慢話を始めるわけですが、自慢というとなんだかマイナスなイメージがあるものです。過度な広告は耳障りになっていくのかもしれません。それに興味がない人に押しつけても興味を持たせることは難しいのです。ならば小さな世界の中で自分の自慢の作品を認めてもらえればそれでいい、そんなことを思うのです。
皆さんはどうでしょうか、カルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 19:38| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする