2017年06月10日

カルボレンといいます! 〜その482〜

ずっと後ろめたいことをやっていると、それに慣れていくのでしょうか。
人はやってはいけないと分かっていてもついついやってしまうことがあるのです。その時は楽しければいいや。と思ってやっていることが、後になって後悔の対象になることだってあるのです。
一日、ゲームをしてしまったときなってそんな感じであり、ゲームを一日やると、その時には達成感はあるものの、終わったあとに、このゲームをやってどんな意味があったのだろうと思うのです。
どうしてこんなにゲームで工夫を凝らし、難題をクリアーしていく力をほかの有意義なことに活かせないのか。なんてことを思うのです。
しかし、実際は思うだけで、結局ゲームを続けてしまうのです。それが一つの娯楽だからかもしれません。娯楽は役には立たないけれど、役に立つ。それはわかっていることです。分かっていても止まらないことというのはよくあります。それは、水で濡れた氷の上を気を付けて歩いているようなことに近いのかもしれません。危険だというのに歩いてしまう。そんな興味や考えが私のことを呼び寄せるのでしょう。そんなことを思いました。
興味を引くものが多くて困りますね。カルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 19:48| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月09日

カルボレンといいます! 〜その481〜

時間はゆっくりと進んでいきますが、その時間をどのように使うかは人によってそれぞれです。それを有効に使ったとしても、無駄に使ったとしても、同じように時間は進んでいきますが、それでもできれば有効に使いたいと思うわけです。しかし、有効に時間を使うというのは、果たしてどういうことなのか。それは少しだけ人によって解釈が異なることかもしれません。
自分にとって為になることが有効なのか、自分の好きなことに対して使うことが有効なのか。同じようなことかもしれませんが、人によってニュアンスは変わっていきます。それは誰にもわかりません。自分が有効だと思っていれば、それは正解だと思いますから。
やはりそういうときに大切になるのは、自分がどんな人間であるのかを把握することでしょう。自分がどんな人間か、ということがわからなければ何が有効か。なんてわかりませんし、悩み続けることでしょう。だからといってその微妙さは、他人に聞いてどうこうという話ではなく、やはり自分にとって適切なものを選ぶことが最も納得し、最も信頼できる結果を得ることができるものなのだと考える事が出来ます。
時間に負けず、自分らしい生き方を模索する。それが楽しいのだと思います。そんなカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2017年06月08日

カルボレンといいます! 〜その480〜

激しい運動をした後は、栄養を補給したくなります。そのせいもあって、ダイエットというのは難しいのでしょうね。減った分のエネルギーを補充してしまうのですから。
だからといって食べる量を減らそうというのはきっとつらいでしょう。だから逐次補給していくのがいいと思い、運動をしながらエネルギーを補給することが多々あります。効果があるかどうかは知りませんが、そうすると補給するエネルギーの量をしないときよりも考えられる気もします。私には合った方法なのかもしれませんね。ダイエットは自分にあった方法が必ずあるのだと思っています。
自分のあった方法を探すことが第一目標になるのかもしれません。それがとても合理的です。そうして模索している間はとても楽しく、発見できた時の喜びはとても大きいものですからね。
いろんな方法を試して、そして、その方法によって得られる効果をまとめ、そして考察する。そんな動作が必要となるのですが、そんな一つひとつがきっと飽きさせないで続けることができるコツなのかもしれません。
そんなことを思いながら今日も日課をしているカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年06月07日

カルボレンといいます! 〜その479〜

人は選択を間違えると思わぬことが起こります。それは人は選択肢が多いことに由来するものであり、その選択肢がある。ということを考えることができることによって「こうすればよかった」ということを考えることができるからなのでしょう。人は余計に考えることができるので、選択を間違えた。と思うことができるからこそ、選択を迷ってしまうのでしょう。
つまり、選択を間違えたり迷ったりするのは人の特徴であり、それはあったほうがいいということになるのかもしれません。間違ってもいいのです。それが経験になるのであれば。
間違えた、と感じることができることが特別なことなのです。もしも似たようなことがあったときに、その経験は活かすことができるので必要なことです。
たくさんの選択肢の中から一つを選択することになるので、選択を失敗したら嫌だな。なんてことを思うより、たくさんの選択肢を選びことができるというアドバンテージを考えてみると、それほど失敗に苦痛を感じないのかもしれません。選択肢が一つしかない、というのはつらいことなのですから。
簡単な選択肢、難しい選択肢。どちらを選びたいか、悩んでいるカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2017年06月06日

カルボレンといいます! 〜その478〜

自分の好きなことをやって、後悔してはいけません。
たまにいるのですが、さんざん、自分の好きなことをして愚痴をこぼす人がいます。どうしてやってしまったのだろう。どうしてこうしなかったのだろう。そんなことを言っている人は贅沢であり、ワガママなのです。
自分がしたいことをしたくて、それでも出来ない人はたくさんいるのです。
自分の好きなことをしている。それだけでも嬉しいことだというのに、さらにそうして行ったことに対して後悔する。そんなことはあってはいけないのかもしれません。
好きなことをして、できる人というのは、この世界中で何人いるのでしょうか。
自分のことを抑圧して、悔しい思いから後悔している人は何人いるでしょうか。
そんなことを考えると好きなことをして文句をいうなんて馬鹿らしくなり、素直に「好きなことができて、ああ楽しかった」なんてことを言えたらいいな。なんて思うのです。
それだけでも自分は幸せだと感じることができる。人は多くを求めなければ、隣にいつも幸せがあるのだと信じています。そんなカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 17:36| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする