2017年11月26日

カルボレンといいます! 〜その651〜

ああ、一日はなんと早く終わってしまうことでしょうか。時間が経つのは早いものです。秒、分、時、日、週、月、年、世紀と時間は進むのですが、終わってみるとあっという間だったという感想が出ることでしょう。時間は過ぎてしまえば、どんなに長い時間だと思っていたとしても忘れてしまうのです。大切に残しておきたいと思う、長い時間、感じていたかったそんな時間でさえも遙か昔のこととなり、だんだんと薄れていってしまう。あっという間の楽しい時間だったという印象しか残らずに、その本質すら忘れていってしまうというのなら、一分一秒を無駄にすることができないと思うのです。
時間がわたし達にくれるものはとても重要なものであり、機会を失うと二度と手に入らないものなのでしょう。だからといって、その重要性は手にいれてしばらく時間が経ってからでないと気がつくことができないものであり、一日じゅう考えていても仕方がないことだと分かります。
いずれは分かることと割り切って、今を楽しむべきなのでしょうか。今日一日というものは短く、寂しく、楽しいものですね。そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 18:28| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月25日

カルボレンといいます! 〜その650〜

頑張ってやったことを認められないというのは悲しいことです。どうして評価されないのかと悲しんだり、怒ったりすることでしょう。それは当然のことなのです。そんな感情が強ければ強いほど、自分自身、頑張ったということなのでしょうから。
むしろ、やったことにたいして文句をつけられて、なにも感じないというのは、それが自分の当然であると遜っていたり、それほど頑張っていなかった。もしくはそう思っていないだけなのかもしれません。それならまだ頑張れる。そう思えるのです。
悔しいと思う気持ちが、人に努力を与えてくれるというのなら、わたしは懸命に努力をして、その努力について怒り、哀しみ、さらに高みを目指そうという気持ちを得たいと願うのです。そうすればどこまでも頑張っていくことができるのでしょうから。
認められたいがために頑張る人は、頑張るために認められないことを用いるのでしょう。なんと効率の良いことか。
人は効率化しているのだな。なんてことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年11月24日

カルボレンといいます! 〜その649〜

昔からやっていることを新しい方法に替えるというのは難しいことですね。どうしても回数をこなしているとヘンに癖がついてしまっていて、気がついたら昔からの方法でやっていたりするのです。そんなときはなんとも面倒くさいことになったりします。初めから新しい方法でおぼえられたら良かったのにと、そんなことを思ってしまいます。
しかし、そうして上書きをできることが人間のいいところであり、大切にしなければならないことなのでしょう。人は簡単に忘れることができて、新しいことを覚えることができる。そして忘れたことも、ふとしたときに思いだすこともできる。それはすごいことだと思うのです。消してしまって、もう二度と戻ってこないよりずっといいと思うのです。
癖がなかったら人は機械と同じように、指示されたことだけでしか物事を考えることができなくなるのかもしれません。癖によって人の個性が生まれ、癖がない人は個性がないといってもいいのかもしれない。そう考えると、たいていの場合は癖はいいものになるのかもしれません。癖を失くさなければいけないところもありますけどね。
わたしは自分の持っている癖を使って生きていきたい。そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ

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2017年11月23日

カルボレンといいます! 〜その648〜

休みの日というのは得意ではありません。何をしたらいいのか、わからなくなってしまいますからね。休みの日だからなにもしなくていいんだよ。なんていわれても、困ってしまいます。本当になにもせずに寝ていてもいいのでしょうか。何もしないということは布団で寝ることさえも許されないのでしょうか。なにもするな。というのは難しいと改めて思いました。
好きなことをすればいいという人もいますが、好きなこととはいったいなんでしょうか。好きなことがない人はどうすればいいのでしょうか。それは自分で決めるしかなく、わからないのです。自分が好きなこととはいったいなんだったんだろう。急に渡された時間のなかに、なにができるのかということを考えると、それだけで時間が過ぎていくことでしょう。それがもったいないという人もいますが、わたしはそんな考える時間でもいいと思えてしまいます。それほどすることがないのですから。
考えれば考えるほど、休みというのはつまらないものになるのかもしれません。だったら何も考えずにふと思ったことをすればいい。そうなるのではないでしょうか。そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2017年11月22日

カルボレンといいます! 〜その647〜

冒険というものはしたいものです。それだけで楽しくてたまらないのです。自分の見たことも聞いたこともない、想像さえもしたことがないものがまだ存在する限り、人は冒険をし続けることができるのでしょう。わたしは冒険をしつづけたいのです。その先になにがあるのかはわかりませんが、それを知るために、人は冒険するのです。
しかし、閉じこもっている空間のなかでは、冒険をしたくても、なにが冒険なのか。どんな冒険をすればいいのかわからないのです。冒険は何かきっかけがないことには始まらないのですから。
ではどう冒険を見つけたらいいのでしょうか。それは自分の知らないことに手を伸ばすことが必要なのではないでしょうか。自分の知らないことを求めていく積極性がなければいけないのでしょう。それは恐怖を感じることもあるでしょう。しかし冒険と恐怖というのは常に一緒に存在しているのです。
危険ではない、何も得ることのない冒険は冒険とは言い難く、そんなことで誇っている人もいます。そんな人を笑って流しながら、自分の冒険をすることにしましょうか。そんなことを思うカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 20:16| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする