2018年05月30日

カルボレンといいます! 〜その831〜

雨が降っていると太陽の光が恋しくなりますね。不思議なものです。
あまりにも太陽が照って暑いときは雨が欲しくなり、雨が続くときは太陽が欲しくなる。こんな天気ですら寂しい気持ちになるのですから、普段からあるものが無くなったりしたときの喪失感は凄いものでしょう。
人にとって愛着があるものが無くなってしまうのは寂しいものです。しかしかならずどんなものも無くなる運命にあるのです。それが悲しくてたまらないときはどうすれば良いのでしょうか。それよりも前に自分自身が無くなってしまえばいいと思う人は少ないことでしょう。新しいもので我慢するか、違うもので代用する。そうして寂しい気分を誤魔化して新しいことを探すのでしょう。
人は悲しみや寂しさをいくつも抱えて生きているのでしょう。そうして他の人に優しくでき、共感することができるのでしょう。人は無くすことで得ることができるものがあるのだと信じています。
それが良いものばかりであるとは限らないこともまた、一つの事実かもしれませんが。そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 18:22| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月29日

カルボレンといいます! 〜その830〜

爪や毛など、放っておけばどんどんと伸びていくものはたくさんあります。今の時期では植物でしょうか。
それを放置し続けているとひどい状態になってしまいます。どんなことにも手入れというものは必要になるのでしょう。綺麗に整えておくことができるのならば、それだけでも気持ちが良いものです。
それでも見たくなるものです。このまま放置したらどんなものになるのだろうか。
自然成長には限界があるのです。放っておいても勝手に自壊していくものがあれば、成長が止まるものも存在します。また、ゆっくりではありますが成長し続けるものがあるかもしれません。そのどれなのかを理解するためにも放っておくのは面白いのかもしれません。
気持ち良く美しいものの逆というものも気になるものです。すべての可能性を知るためにも手入れしてきたものを放置してどんな状況になるのかを確かめてみるのも良いかもしれません。
自分の伸びた爪や髪の毛を眺めながら5年間、10年間伸ばし続けたらどうなるのかを確かめてみたいですが、結局危険なので切ることになるであろうカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ


posted by さくら紅葉 at 20:16| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月28日

カルボレンといいます! 〜その829〜

自分のしたいことをするための手順というのはほとんど決まっているのです。その手順をどう行うかは任されていて、色んなルートを通ってゴールを目指していますが、結果的に通ることになるチェックポイントのようなものはあるのでしょう。何となく前に走っている人の後を追いかけていけばある程度の所までいくことはできますが、その人を超えることは難しいのでしょう。様々なやり方で行なって自分なりの最適解を見つけ出したとしても、そのときにはすべてが終わってしまっている。では何のために私たちはその手順を踏んでゴールを目指したのでしょうか。それがわからなくなることでしょう。
しかし思うのです。経過をそれほど気にする人はいないのかもしれません。人々は経過よりも結果を重要視するのです。それまでどんなことをしてきたか、なんてことは二の次でどうなったか、だけで評価する。そんな世界だからこそ、自分がしたいことをして、ゴールを目指していけばいいのかもしれません。
確かに前に進んでいますよ。それがどれほど効果的なことかはわかりませんが。自分が納得できることをするべきなのです。そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2018年05月27日

カルボレンといいます! 〜その828〜

自分が住んでいない世界は無数に存在しています。自分がいなくても世界は動き続けているのですから。自分がいないと何も起こらないと思っているのは間違いですが、自分がいるから何かが起こるというのもまた事実なのです。いなくても起こることを自分が起こす。もしくは起こるはずだったことを阻止する。そんな力を持っている私たちは、誰もが未来を変える存在であり、いなくても未来は変わらない存在なのです。
どんな形であれ、人は真実を求め、そうして知ったことを共有することで発展していきます。その真実とやらが一つしかないのであれば自分がその真実を突き止めなくても誰かがその真実をいつか突き止めることになるのでしょうから。その可能性がいくつもあって、それが増えたり減ったりしているだけの話です。だからこそ、自分が何をしたとしても、何もしなかったとしても、最終的な世界は同じになることでしょう。
そう考えると自分が何をするべきなのか、そんなことがわかってくるのでしょう。自分は何をして、何をしないか。そうすると自分の住んでいない、自分のいない世界を作ることになるのでしょう。
それがもったいないと思うのが欲張りな人という生物なのかもしれませんね。そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
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2018年05月26日

カルボレンといいます! 〜その827〜

文句を言うことは簡単なのです。ただただ思ったことを話すだけでいいのですから。ひたすら自分が言いたいことを言えたらどれだけいいのか、なんて思います。しかし言ったところで何も得がないことがわかっていますから、結局は話すことはないのです。文句だけではありませんが話さなくても良いことはたくさんあるのです。そんな話さなくていいことを聞きたいとは思いますが、自分から話す必要はないことは話さない。そんな都合のいい話は通るのでしょうか。難しいところではあると思います。
別に自分の話なんて誰も興味がないと思いますが、私は色んな人が隠していることを聞きたくてたまらないのです。そうして知ったことが何かの役に立つのかもしれませんから。そう考えるとそれを聴くために必要な情報を私は話さなくてはならないのでしょう。そのための文句であればいくらでも話すことになるでしょう。それに共感してくれたのなら、そのことについて少し話してくれるのではないでしょうか。
私が話す話は話を聞くために用いるものでしかないのかもしれません。それでもいいと思えるのは、それでも十分に生きてきたからなのかもしれません。
ただただ自分ができることを探しているカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 16:53| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする