2017年11月21日

カルボレンといいます! 〜その646〜

髪の毛は放っておくと伸びていきます。それはたいていの人が思っていることで、いつの間にか伸びなくなっていた髪の毛に気がついて焦っても遅いのです。髪が伸びているうちはうっとうしいと思っていたのに、それが貴重な存在になる。それは、伸びているうちに気がつくことができないことなのでしょう。そういうものはたくさんあります。
身近にあって気がつかないことはたくさんありますが、身近になくて困ることもたくさんあります。これを無くしたらどうなるのだろう。ということを考えると面白いのかもしれません。
たとえば目が見えなかったらどうなるのでしょうか。そんな疑似体験をしておくと、目を酷使しなくなるのかもしれません。目を閉じて、なにもない空間で、ふらふらと歩いてみると、不安でいっぱいになるのです。その不安を覚えておくといいのかもしれませんね。きっとその不安が大切に思う気持を生むのではないでしょうか。
常にあるものなんてないのです。それがなくなってしまったときにどうすればいいのか。戸惑わないように考え続けようと思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 17:16| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月20日

カルボレンといいます! 〜その645〜

色々考えて行動した結果、思わぬ事態を引き起こすことがあります。そんなときは嫌だと思いますか。良かったと思いますか。それは人によることでしょうがたいていの人は嫌だと思うことでしょう。なんのために考えたのか。と思ってしまうかもしれません。
しかし、考えたことによって起こった事象であるのならば、それだけどうしてその行動をしたのか冷静に分析することができ、自分の過去の姿を省みることができるのでしょう。それは大きな得となるはずです。二度と同じ過ちを繰り返して、嫌な思いをしないように努力をするための、ひとつの方法になることでしょう。
自分がどんな行動をしたのか。ということを知っておくことは大切なことです。たとえどんな結果になったにせよ、自分の行動がどのような影響を及ぼすかを知る指針となってくれる過去の自分の行動は、自分自身の人格を構成するうえで、大切なこととなるはずなのです。
そう考えると、わたしの性格がひねくれているのは、それだけ過去にひねくれるような体験をしてきたということでしょう。性格は後天的であり、いつでも改善することができると信じているのですから。
そんなことを思い、どう改善しようか考えている、そんなカルボレンでした(´っ・ω・)っ

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2017年11月19日

カルボレンといいます! 〜その644〜

思い通りにいかないといらいらするものですね。それはしかたがありません。悔しいのですから。
人は悔しいときはいらいらしたほうがいいのです。そのほうが人間らしいのですから。
人間らしくあるのは簡単です。感情を表にだせばいいのですから。感情を表に出すということは人に許されたことなのです。だったら思いっきり人間らしい行動を、感情をぶちまけようじゃありませんか。
怒ったり笑ったり泣いたりできるのは今のうちなのです。そのうち感情を表に出せなくなるときまで、精一杯感情表現をして、人間らしい生き方をしたいと思うのです。人は人であるかぎり、人でいられるのですから。
皆さんは自分のことを人間だと思っていますか。それとも人間とは思っていませんか。
どちらでも構いませんが、自分に与えられたものを大切にして、つかっていくことをやめなければ、きっと満足することができるでしょう。満足するために生きることをやめなければ、ようやく人間らしいといえるのではないでしょうか。
人間らしく生きることを願ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年11月18日

カルボレンといいます! 〜その643〜

予定は狂うためにあるのかもしれません。予定をたてても、それがうまくいくとは限りません。しかし予定をたてないと不安になってしまう。そんなものかもしれません。予定はきっと気休めなのかもしれませんが、わたしは予定をたてつづけるのです。それはひとつの目標でしかないのです。目標を目指してがんばることが人にとって必要なのです。
ですがわたしのように運の悪い人は予定をたてても無駄なことが多いのです。なのでわたし自身の予定をたてず、他人の予定をたてることにしたのです。ああしたらいいかもしれない。こうしたらいいかもしれない。そんな思ったことを提案するのです。わたしでは狂ってしまう予定も他のひとならうまくいくのかもしれない。そんなことを思うのです。
予定が狂うのは単純にそのことについて知らなかったことがあるのかもしれません。無謀にも知らないことを挑戦したとき、人の予定は狂うのです。そう考えると、人によって予定が狂うということはいいことなのかもしれません。予定のとおりいくというのは、無難なことをしているということなのかもしれません。どちらにも得があるのかもしれませんが、どちらを選びますか。
そんなことを思ったカルボレンなのでした(´っ・ω・)っ
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2017年11月17日

カルボレンといいます! 〜その642〜

文章はまとめればまとめるほど簡潔で分かりやすいものになるのでしょうか。それは違うのでしょう。文章をまとめるとそれだけ分量は減りますが、細かい要素が削られていき、より大まかなものへと変化していくのかもしれません。そうなってしまうと伝えたいことがぼやけてしまい、言いたいことがいったいなんなのかわからなくなってしまう。ほどほどにまとめることがわかりやすい文章といえるのかもしれません。
わかりやすい文章とはいったい何なのだろうか。と考えたときに、自分が今まで読んだことがある文章を思い返すといいのかもしれません。文章だけでその情景がありありと浮かび、それが作者の思惑と一致したとき、それはわかりやすいと言えるのかもしれません。ということは、とりあえずまずは自分の頭のなかにその文章の情景が浮かぶかどうか。ということが判断のひとつの基準になるのではないでしょうか。
そして次のステップとして、その文章を書いた人にその意図を聞いてみると、さらに良いでしょう。そうしてわかりにくかった部分を知れば、自分が文章を書くときの助けになってくれるのかもしれません。大変なことですね。
そんなことを思ったカルボレンでした(´っ・ω・)っ
posted by さくら紅葉 at 17:54| Comment(0) | カルボレン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする